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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第1章 チロール伯爵家の遺産
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1-6 健やかな朝

 十数年ぶりの同衾から一夜明け、カーテンの隙間から日差しが差し込んでまいりました。


 と言っても、老人相手に添い寝しただけでございますけどね。


 卓を囲んで食事を楽しみ、世間話を交わして、そのまま床入り。


 まあ、枯れた老人のお相手など、こんなもんでございますわよ。



「ん、んぁ~、いかん、もう朝か」



「おはようございます、ハルト様。お加減はいかがでありましょうか?」



「ん~、なんだか、いつもより体が軽いような気がするぞ」



 寝台より身を起こし、腕を伸ばして気持ちよく唸っております。


 私はそんな老人の服を着せていき、身体を支えて椅子に腰かけさせました。


 それから今度は私が服を着る番です。


 たっぷりと見せつけるように裸体を晒した後、まずは下着を、次に肌着、そして、ドレスと順々に身に付けて行きました。


 刺さる視線は若干こそばゆいですが、まあ、これも“サービス”でございますよ。



「フフフ、月明かりの中の魔女殿も素敵だが、朝日に輝く貴婦人もまた麗しい」



「ありがとうございます。しからば、失礼いたしまして」



 寝起きで固まった老人の体を、今度は優しく摩ったり、あるいは指圧で解したりと、身体の調子を整えていきます。


 部屋に招きましたお客様に完璧なサービスを!


 ご満足いただいてこその高級娼婦コルティジャーナでございますよ。



「う~ん、本当に心地よい。毎日でも頼みたいくらいじゃ」



「もちろん構いません。いささか金子をご用意していただく事になりますよ。御奉仕の内容、質は、伯爵様の貯蓄残高に比例いたしますが」



「ハッハッハッ! この業突く張りめが! やはり血は争えんな! そういうところも、お前の祖母にそっくりじゃ!」



 私もつられて笑ってしまいました。


 まあ、こういう砕けた会話ができるのも、“馴染み”であればこそです。



(と言っても、十数年ぶりの再会で、馴染みというのも変ですがね)



 その辺りは祖母から引き継いだお得意様という事にしておきましょうか。


 ああ、昨夜の“覗き見”の際、祖母と何があったのか、見ておけばよかったですわ。



「さて、体調はすっかり良くなられたようですわね」



「いや、本当にな! なんというか、久々に晴れやかな気分だ」



 どうやら今回のお仕事は大成功のようです。


 昨夜の枯れた老人の姿は朝日と共に消え去り、昔の闊達さを取り戻したかのように、老人には活力が戻っていました。



(うん、仕上がりは上々。“魔女”として、治癒術・・・を施したかいがあったというもの。元気になって良かったわ)



 ほんのささやかな“おまじない”でしたが、効果はあったご様子。


 少々名残惜しいですが、十数年ぶりの再会はこれにておしまい。


 部屋の扉を出てしまえば、また現実が戻って参ります。


 ですが、ご安心ください。


 “対価”さえお支払いいただければ、その扉はいつでも開け放つ事が出来ます。


 チロール伯爵ハルト様、またのお越しをお待ちしております。



(……ええ、その時があれば。そう、その時がまた来てほしい)



 あの世からのお迎えが近い事も、肌を寄せ合ったからこそ分かると言うものです。


 死の匂いと冷たさは、嫌でも分かってしまいますから。


 ですが、それはそれとして、最後の最後まで御奉仕せねばと、私は“三本足”の御老人の脇を支え、玄関ホールへと向かいました。


 ええ、この館を出るまでが、私を始めとするこの館の住人の使命サービスなのでありますから。

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