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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第4章 あらゆる女性が欲するもの
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4-15 初めての口付けの味は?

「というわけで、さっさと“ちゅ~”をしちゃってくださいな♪」



 冗談半分、本気半分な私の提案に、アルベルト様はただただ困惑しております。


 何しろ、相手は伝説の怪物・首無騎士デュラハンガンケンの妹なのですから。


 まあ、本当の兄妹かは知りませんが、少なくとも当人同士はそう認識しているようですし、老魔女ユラハと結ばれれば、“幽世かくりよの力”を得る事が出来ましょう。


 死神の黒い手がより強力になりますし、いざという時の助勢も期待できます。


 不気味さに目を瞑れば、有益なのは間違いありません。


 あと、花嫁が老婆である点も無視すれば、ですが。



「待て待て待て待て待て! だからなんで、そういう前提で話が進む!?」



「この場にいる過半数がそれを望んでいるからですわ♪」



「この場には、……って、化物と魔女しかいなかった!」



 そう、この場には魔女(自称)と魔女(老)と怪物(花嫁兄)しかいないのです。


 そして、場所は魔女の館(わたしのうち)の塔の部屋。邪魔者は一切なく、誰も助けには来ません。


 八方塞がりとは、まさにこの事でしょうか。



「さあ、覚悟を決めて、麗しの姫君の誓いの接吻を!」



「どこに麗しの姫君がいる!?」



「目の前にいるではないか! 我が妹は凄く別嬪だぞ!」



「怪物視点で別嬪と言われてもなぁ!? 人間視点で語れ!」



 アルベルト様は断固拒否の姿勢ですが、花嫁の兄は妹を嫁がせる気満々のようで、容赦はしないようです。


 素早く花婿の背後に回ったかと思うと、ガシッと羽交い絞めになさいました。



「な、何をする!? 離せ! 離すんだ!」



「まあ、そういうな、兄弟ファラテーロ。怖いのはほんの一瞬だ。喉元過ぎればなんとやらと言うではないか?」



「毒草は、喉元を通った時点でダメだろ!?」



「そんなに妹との婚儀が嫌かね?」



「嫌に決まっている! せめて人間相手にしてくれ!」



「ならば問題なし! 我が妹は人の形をしているからな!」



「うわぁぁぁ!」



 う~ん、一切の容赦がないですね。


 さすがは伝説に語られし化物・首無騎士デュラハン


 これ以上に無い死刑宣告にございますね。


 老魔女との結婚を迫り、相手が拒否の姿勢を示そうとも強引に押し切る。


 そして、“結婚”というなの牢獄に縛られる。



「では、アルベルト様、老婆との新婚生活、楽しんでくださいね♪」



「おのれ、ヌイヴェル! 今日こそ、お前が魔女であると思った事はないぞ!?」



「それはそう、私は魔女でございますから♪」



「そもそも、なぜ私が老いたる魔女と婚儀を結ばねばならんのだ!?」



「周囲がそれを望んでいるからです。私も、花嫁も、花嫁の兄も」



「花婿に拒否権は!?」



「拒否したいのであれば、力づくで拒絶なさってください」



 まあ、もう無理ですけどね。


 右手の封印を解く前に羽交い絞めにされて、身動きが取れませんから。


 しかも、丸太を強引にぶん回す程の怪力を持つ花嫁の兄ですから、強引に振り解く事も叶いません。


 そして、一歩、また一歩ともがくアルベルト様に詰め寄る麗しの花嫁。


 老いたるその顔には、相応しからざるギラついた情欲があらわになっています。



「は、離せぇぇぇ!」



 最後の抵抗と言わんばかりの絶叫も、どうせ誰も聞いておりません。


 ちょっとやそっとで話し声が外には漏れない。そのために、こうした密室をご用意したのですからね。



(まあ、今夜まさかこういう場面になろうとは思っていませんでしたが、それはそれでよいでしょう。さようなら、アルベルト様の初接吻)



 そして、嫌がるアルベルト様と、欲情丸出しの老魔女との口付けがなされました。


 かくて、二人の婚儀が成立し、新たな夫婦が誕生いたしました。


 その時です。


 老魔女の体が不意に発光し始めたのです。


 さながら上る朝陽のように。闇を引き裂く払暁の光が部屋に満たされ、目が開けていられない程の眩さ。


 私も手で視界を遮り、強烈過ぎる光が目に入らないようにしました。


 その光が収まり、視界が元に戻りますと、そこには“老魔女”の姿はどこにもなく、代わりに同じ服装をした絶世の美女がおりました。


 皺の走る顔は瑞々しいまでの潤いを携え、曲がり気味であった背もピンと真っ直ぐ。


 そして、その顔立ちは非常に端麗なもので、私以上に“美魔女”という言葉に当てはまりそうな姿。


 ボサボサの白髪も、一切の癖の無い長い黒髪になり、長衣ローブの上からでも分かるほどに豊満な胸元。


 どこからどう見ても、紛れもない美女でございますね。



「……へ?」



「だから言ったではないか。妹は別嬪であると」



 あまりの事態の急変に困惑するアルベルト様。


 さも当然と言わんばかりのガンケン様。


 そして、「呪いが解けたぁ!」と大はしゃぎのユラハ様。


 いや~、端から見ている分には実に面白い喜劇でありました。



「おめでとうございます、アルベルト様! 美女との結婚、成りましたね!」



「ヌイヴェル、これはどういう事だ!?」



「呪われたお姫様の呪いを解くのは、いつだって王子様の口付けでありますよ。御伽話ではいつもそうではありませんか?」



「そ、それはそうなのだが……。いや、本当にそうなのか!?」



幽世かくりよに属する方々なのですから、話が“夢物語”に寄るのは当然でありましょう。かくして、呪いをかけられておりました魔女は、心優しい王子様の口付けにより、元の姿に戻る事ができましたとさ。めでたし、めでたし」



「だったら、先に教えてくれても良かったのでは!?」



「申し訳ございません。“契約書”の縛りがございますので、老魔女の正体を知る者が口付けをしても、効果がないのでございますよ」



 そう、これこそ私がアルベルト様に契約の詳細を明かさなかった理由。


 老婆との口付けが成れば、実は相手が絶世の美女で、それと婚儀を結ぶ事ができると分かってしまえば、そこに邪な感情が生まれるのは当然の事。


 拒絶の意思があろうとも、一切の欲情の無い“誠心誠意(当社比)”の真心の口付けを以て、呪いが解かれるというわけです。


 私やガンケン様が、無理にでもユラハ様との婚儀を推し進めたのも、こうした理由があったからです。


 まあ、これで呪いも解かれましたし、めでたしめでたし。


 ……とはならないんですよね、これがまた。


 なぜなら、契約書の中身を見ておりますと、その呪い、実はまだ“半分”しか解除されていないからです。



(さあ、アルベルト様、あなた様の真心を以て、残り半分も是非解いてあげてくださいな)



 さて、これからアルベルト様がどう立ち回るのか。


 私はニヤニヤしながら喜劇の続きを眺めるのでした。

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