4-13 幽世の婚礼
(さて、まずは誤解を解かなくてはなりませんね)
目の前の首無騎士と、私の祖母カテリーナが面識ありという点は驚きましたが、その祖母と私を誤認しているのはいけません。
良好な関係か、あるいは敵対的かは知りませんが、それは私のあずかり知る事ではありません。
幽世の存在として、どうぞあの世でやり合ってください。
私は私でございますから。
「つかぬ事をお伺いしますが、騎士様は祖母とどういった関係でありましょうか?」
「祖母……? ああ、お前はカテリーナの孫か! 姿形は似ていても、どうにも肌に艶があるから、妙だと思った。若返ったのかと思ったぞ!」
「さしもの大魔女も、寿命は動かせませんでしたわ」
「結局、あやつも“人”のままであったか」
妙に懐かしむ感じですので、どうやら敵対的な関係ではなかったようです。
その点では安心いたしまして、会話を続けることができますね。
「まあ、祖母も交友関係の広い御仁でしたから、それこそ“雲の上”にも知己はおりましたが、まさか“地の下”の冥府や地獄にまでいるとはいつぞ聞いておりませんでしたので、驚きを隠せませんわ」
「地獄の連中と一緒にされては困るな。ワシや妹は陰気臭い連中とは違う、独自の道を歩む“集呪”のなれ果てだ」
「そうでありましたか。失礼いたしました」
「しかし、あの大悪女に孫娘がいたのは知らんかったな。男孫だとばかり思っておった」
「男孫もおりますよ」
まあ、こちらは従弟のディカブリオの事でございますね。
と言うか、伝説の怪物に家族構成知られるのはマズいのでは思いつつも、まあ、あの人の事だし大丈夫かと思い直してしまう私がいます。
実際、悪魔に憑りつかれたという話は、身内からは出ていませんしね。
「まあ、いいか。ならば、魔女の後継者よ、悪いがその超絶イケてる貴公子と、我が妹との仲人をよろしく頼んだぞ」
「任されましてございます」
「待てまてマテ待て、話を進めるな」
当然のごとく焦るアルベルト様。
なお、相手の老魔女は皺な顔を赤く染め上げております。
まんざらでもないと言うか、今すぐにでも指輪交換でもしそうな勢いですね。
「しかし、アルベルト様、案外、この婚礼、よろしいのでは?」
「どこがだ!?」
「まず、途轍もなく強力な後援者を得ることになります。何しろ、花嫁の兄は伝説の怪物なのでございますからね」
「うむ。気軽に“お兄さん”と呼んでも良いぞ」
首無騎士もノリノリに、空いてる手の親指を突き立てて、了承の意を示しております。
本当にこの怪物を身内にできるのでしたらば、婚姻の話、本気でアリでしょう。
「手のかかる兄は一人で十分だ」
「むしろ、手助けしてやれるし、なんなら我が“呪”を伝授してやらんでもないぞ」
「いらん。飛び道具の類は極力使わないと決めているからな」
「ほう。それはなぜかな?」
「俺の殺しは“選別”だ。殺していいのかどうか、常に考えた上で殺している。標的で間違いないか、殺した際の影響はどうか、とな。それを常に考えているからこそ、殺すそのギリギリまで見極めようと思考する。飛び道具では、寸止めが出来ないからな。だから直接触れる今の殺し方が最良であると自負している」
アルベルト様の秘術【加速する輪廻】は触れたものの腐敗速度を加速させ、瞬く間に土塊へと変えてしまう恐ろしい術でございます。
その恐ろしさは、使っている当人こそが分かっている。
分かっているからこそ、使うのを基本的には躊躇いつつも、いざ使う事を決めた際の容赦のなさにも繋がっています。
それが“飛ばせる”ようになると、今までとがらりと変わってしまいます。
そこを恐れているのではと推察できます。
(まあ、あの魔術が触れずに発動するのであれば、それは死を撒き散らすのも同然。躊躇するのも当然でしょうか)
万が一に暴走するのではと考えると、怖くて使えませんね。
触れるだけでなく、飛ばした魔力に触れただけで死んでしまうなんて、それこそ目の前の首無騎士の“呪”そのものではないでしょうか。
婚礼の結納としては、あまりにも物騒に過ぎます。
「その理性的な判断、ますます気に入った! やはり貴殿は私の妹と結婚するべき運命の相手だと確信した!」
「気の迷いです。確信しないでいただきたい」
「いや~、気の迷いでもないし、一切のボケや冗談の類も無し! 大真面目なのだよ、こっちは!」
「こちらの意向を無視してか!?」
「独り身だし、良いではないか!? しかも、妹は超絶美女だぞ!?」
「……美女?」
どう見ても、美女には見えませんわね。
この点では、困惑しているアルベルト様に完全同意です。
なにしろ、樹木の表面かと思うような皺だらけの老婆ですからね。
もしかすると、遥か昔は美女であったかもしれませんが、現段階では完全に老婆の域に到達しています。
(それに“行き遅れ”は、特級の変人、奇人、醜女、いずれかだと相場が決まっていますからね)
老魔女を見つめながら、そう思ってしまう私。
少なくとも、美女である痕跡が一切見られませんので、美醜を判断材料とするのであれば、完全に戦力外通告でございます。
鏡を見てから出直してきてください、とぶちまけたいです。
もちろん、“兄”の身内びいきとも取れなくもありませんが。
「ああ、そう言えば、お二人の名前をお伺いしても?」
ここで私は呆けるのをやめ、攻めの姿勢で応じる事にしました。
そのために必須なのは“相手の名前”です。
“呪い”をかける際には、名前は絶対に必須ですからね。
もちろん、人外の存在に通用するかどうかは別ですが。
「おっと、そう言えば、自己紹介をしていなかったな。婿殿、失礼したな」
「俺は婿じゃねえって言ってんだろ!?」
段々と“素”が出てきたのか、アルベルト様の口調がどんどん荒っぽくなってきましたね。
そういう荒々しいお姿もまた、格好いいですけどね。
「私の名前はガンケン、妹はユラハだ。末永くよろしく頼むぞ」
「末永くよろしく頼まないでくれ」
「照れるな、照れるな! ガッハッハッ!」
「……鎧を消滅させれば、こいつも浄化できるのだろうか?」
本気でもう一度封印を解こうとするアルベルト様と、ゲラゲラ大笑いする首の無い騎士。
どうやら二人の決闘(?)はまだまだ続きそうです。




