4-12 予期せぬ来訪者
異国の料理と酒を用意して、楽しく談笑しております私とアルベルト様。
つい数日前には、こちらにアルベルト様の双子の兄である大公陛下フェルディナンド様をお招きして、将棋を興じておりました。
しかし、今日は双子の弟を招いて、これまたコテンパンにしてございます。
どちらも本当に私にとって、“最上の上客”でございますわ。
お立場上、面倒極まる厄介事を持ち込んでくる事はございますが、金払いは十分すぎる見返りを期待できます。
なにより、陛下と密偵頭を同時におちょくれるのは、世界広しと言えども私だけ。
からかって遊んであげて、それでいてお小遣いまでいただけるのです。
床入りしてさらに“搾り取って”差し上げれば、さらに良いのでございますが、この点ではどちらも身持ちが固く、成功した事はございません。
ただただこうして談笑しているだけでも価値はありますけどね。
「それで、アルベルト様、例の求婚の魔女についてなのですが」
「お~、それな! いや~、魔女殿が首無騎士の出した謎かけを解いてくれなければ、危うくあの醜女を嫁にしなくてはならないところだった」
「子爵様の貞操が護られて、良かったでございますね」
「なんだか含みのある言い方だな。……でだ、例の答えをあやつに伝えたところ」
その時でございました。
閉めていた窓がひとりでに開きまして、サッと風が吹き込んでまいりました。
まずは生温い風が、次いで鳥肌が立つほどの涼風が、部屋の中を駆け抜けました。
何事かと慌てる私とアルベルト様でしたが、それを嘲笑うかのように何もなかったはずの空間に人影が二つ。
一つは緑一色の甲冑に身を包んだ騎士であり、今一人は真っ黒な長衣ととんがり帽子を身につけた魔女のごとき老婆。
その二人はすぐに、アルベルト様から聞いていた例の二人であると思い至りました。
「お前達がなぜここに!?」
当然、アルベルト様は宴気分から戦闘体勢に切り替えました。
席を飛び上がるように立ち、最悪を想定してか、すでに右手の手袋をいつでも外せるような体勢で構え、相手を凝視。
指一本の動きにすら注意を払うような、最上の警戒態勢です。
私としては巻き込まれるの真っ平御免でございましたが、すでに伝説に語られる化物が、部屋の中に入ってきてしまっています。
もちろん、お招きしたわけではない“予期せぬ来訪者”。
すぐにでも回れ右して、御退席願いたいところですが、そこは私とあちらの実力差というものがございます。
文句があるなら、自分の口で喋れ。
聞きたくもない言葉は、相手の口を塞げ。
ただし、“実力”を以て。
(そう。相手に無理やり御退席させるだけの力は、私にはない。そもそもアルベルト様でさえ手に余った化物。どう足掻こうとも無理。ならば、心象を悪くさせず、丁重に帰る事を促さなくてはなりませんね)
魔女の武器は魔術に非ず。
虹色に煌めく長い舌でございます。
口八丁こそ、私の最大の武器でございます。
まずは挨拶。来客時の基本でございます。
「ようこそお越しくださいました、緑の騎士様に、漆黒の魔女様。突然の来訪に驚きまして、挨拶が遅れましたる事をまずお詫び申し上げます」
そして、深々と一礼。
不意な訪問に対しての無礼の廉を鳴らしつつ、相手の失礼のない程度で牽制。
それに対する相手の反応はと思いましても、よく分かりませんね。
何しろ、“首無”でありますから。
脇に抱えています自分の首も、兜で表情が見えていませんし。
そんな事を思っていましたらば、その首が途端に笑い始めました。
「ヌハハハッ! 気にせんでくれい。婿殿を追いかけてきただけだからな!」
「……婿殿?」
そう言えば、そういう話もあったなと思い出しました。
そもそも、目の前の首無騎士とアルベルト様が、遭遇したのが事の始まりです。
そのゴタゴタの際、アルベルト様は“呪”を撃ち込まれ、その解除の条件として、“謎かけを解く”か、“妹を娶る”かという話でございました。
しかし、その妹、見たままの皺枯れた老婆の魔女でございます。
とてもではないですが、結婚云々はご遠慮願いたい殿方ばかりでございましょう。
行き遅れ、嫌のものですわね。
(かく言う私も三十代半ば。娼婦も引退して、そろそろ身を固める事を考えないといけませんですかね~)
このままでは目の前の老魔女のごとき姿になるやもしれません。
それだけは嫌ですね。
「誰が婿だ、誰が!? 約束通り、謎かけは解いたのだ。お前の妹を娶る道理はない!」
「道理はなくとも、早く妹に嫁いでほしいという兄心はある」
「知った事か!」
「そこをなんとか頼む、婿殿ぉ!」
なんだか伝説の怪物が可愛く見えてきました。
行き遅れの妹の婿になりそうな男性をようやく見つけ、婚儀を迫ってペコペコ頭を下げる姿は哀れとも滑稽とも見えてしまいます。
さて、この場をどう乱してやろうかと考えておりますと、不意に首無騎士が私の顔を凝視!
ジーッと脇に抱えた首がこちらに視線。
そして、何やら思い至ったようで、部屋中を揺るがすほどの大絶叫が響きました。
「あああああ! お前、カトリーナではないか! 随分と若作りしてんな。若返りの秘術でも手に入れたか!?」
ここで意外な名前が出てまいりました。
私とよく似ていて、“カトリーナ”の名前で呼ばれる者など、私の祖母以外には存在しません。
つまり、目の前の伝説の怪物と、あの大魔女は面識があると言う事。
これは面白くなって参りました。
(と言うか、お婆様、貴族連中や“雲上人”だけに留まらず、こんな怪物相手にまで知己の輪が広がっていようとは、本当に規格外ですわね)
私の中で祖母がまた一つ、大きな存在になってしまいました。
さて、あの偉大なる魔女はこの首無騎士を相手にしながら、どう立ち回ったのか。
予期せぬ来客から、面白い余興が飛び出してきました。
アルベルト様との逢瀬もまた楽しいものですが、今宵はさらに刺激的な一夜を過ごせそうですわ♪