4-11 塔の部屋・再び
“魔女の館”と俗に呼ばれております私の邸宅は、花街から少し離れた場所にございます。
元々は私の祖母、大魔女であるカトリーナお婆様が建てられた屋敷で、我がイノテア家の港湾都市ヤーヌスにおける活動拠点にもなっております。
四階層にも及ぶ建造物がグルリと周囲を取り囲み、特徴的な塔があって、その塔の上の部屋は密議の場として使用されてきました。
お婆様の終の住処でもありますが、今はまた密議の場としての役割に戻っており、たまにこうして来客を招き寄せます。
「今日は夜風が気持ち良いですね。賑やかな声がここまで聞こえてまいりますわよ」
窓を開け放ち、少しばかり空気を入れ替えますと、夜風に乗って花街の賑わいが耳に入って参ります。
今日はお祭りでございますから、いつもより華やいで笑いや歓声が途切れることを知りません。
もちろん、アルベルト様の無事の御帰還を祝う祭りでございますよ。
お代はアルベルト様持ちですが。
「やれやれ。とんだ騒動に巻き込まれた挙げ句、思わぬ出費を強いられるとはな」
アルベルト様も窓の外を眺め、花街から漏れ出る歓声に耳を傾けました。
その表情は今やあらわ。今まで付けていた仮面は、この部屋に入ると同時に外され、傷一つない均整の取れた顔立ちを見せ付けてきます。
大公フェルディナンド陛下の影武者であり、密偵頭でもあるため、その素顔を滅多に人前に晒す事はありませんが、秘密を守れると判断した者の前では別。
特にこの部屋は他に人間が易々とは入ってこれない密議の場所ですので、安心して仮面を外せると言うわけなのです。
「まあ、命が助かったのですから、良かったではありませんか」
「そう思って、今回は我慢せねばならんか。ただ、手加減はしてくれよ」
「嫌でございます♪」
「フッ、この業突く張りめが」
「お褒めに与り光栄でございます、アルベルト様」
そう言って、私はアルベルト様に席を勧めました。
すでに料理や酒は事前に運び込ませており、机に上にはそれらが並んでおりました。
始めから花街からここへ席を移し、二人で飲み明かすつもりでありましたから、その備えをしていたのです。
今回の騒動の発端になった林道での襲撃がそうでありますように、お役目柄、アルベルト様に敵は多く、どこに刺客が潜んでいるか分かりません。
人でごった返している花街で大っぴらに飲み食いするなど、襲ってくれと言っているようなものです。
魔女の館の塔の部屋のように、隔離された空間でなければ、おちおち酒を交わして談笑する事すら叶わないのが、密偵頭のお辛いところでありましょうか。
であるからこそ、そのような場所、あるいは気兼ねする事の無い者の前では、意外とすんなり態度が解れるのでございます。
現に、私が注いだ杯の酒を、乾杯もなしにグイっと飲み干す始末。
いささか礼を失するとは思いますが、そこは特に気にもかけません。
今回は本当に危うかったのですから、酒で命の洗濯をするくらい、誰が咎めようというのでありましょうか。
「うむ、良い酒だな、この赤い葡萄酒は」
「ボロンゴ商会が西国より仕入れた物でございますよ。それにちなんで、西国の料理もご用意しております」
「ふむ、これがそうか」
アルベルト様の目の前にありますのは、“魚介に衣をつけて油で揚げた料理”、いわゆる揚げ物というものでございます。
外はサクサク、中はジュワッと魚介のうまみが閉じ込められた逸品。
各種魚にエビ、これにはまた赤い葡萄酒が進みましょう。
「おお、なるほど。これは旨い! さすがはボロンゴ商会だな!」
「そこはイノテア商会の魚介を褒めいただきたいところでございますね」
この点がアルベルト様のよろしくない点。
拷問で相手から情報を聞き出す事に関しては腕利きですが、相手が欲する言葉を紡ぎ出すのがヘタクソ。
魚介は我が商会が用意した物だと分かっていながら、そちらに気が向かないのはいけませんわね。
調理方法は他国のもので、それを持ち込んだのはボロンゴ商会ですが、実際の材料自体はイノテア商会の手配なのですよ。
こちらを先の褒めなさい、こちらを。
「小麦粉と卵を混ぜ込み、それを魚介に絡ませ、熱した油の中で泳がせますと、そのような姿になるのです」
「ほ~、そういう風に作るのか。しかし、油で泳がせるとなると、結構な量がいるな。中々に贅沢な」
「もちろん、それも“請求書の中に入っております”ので、お忘れなく~」
「これもか!? ええい、どこまでこちらから金をふんだくる気だ!?」
「命の対価と思って、お諦めください♪」
受けた損害が財布の中身だけで良かったではありませんか。
なにしろ、伝説の怪物と相対して、五体満足できる抜ける事が出来たのですから。
それもこれも、私の入れ知恵のおかげ! 出題された謎かけを説いてあげたのですから。
これくらいの役得は、許容して欲しいものです。
もちろん、その歪んだすまし顔を独占する事も含めましてね♪