4-4 デュラハンの謎かけ
「それで、アルベルト様、首無騎士からはどのようにして逃れたと?」
そこが私にとっての疑問でございます。
首無騎士は数々の伝説に彩られた最悪の怪物です。
首の無い騎士の姿に現れ、見た者を死に追いやるとされる呪われた魔物。
指を指された者は呪いを受け、近い内に死ぬと言われています。
その“指を指す”という首無騎士の動作が不吉であるとの事で、人に指を向ける行為は禁忌とされるくらいに、失礼な行動となっております。
“呪”の内にある死の概念そのものとも言われ、決して逃れる事の出来ない存在、それが首無騎士。
「はっきり言って、一方的にやられた。先程言ったように、まずはこちらから仕掛けて、相手の兜を破壊した。しかし、首がない事に驚いている内に、すぐ横に生えていた樹木を根ごと引き抜き、豪快にぶん回してきた」
「樹木を根ごとですか!? とんでもない怪力ですね!」
「まともに防ぐことが出来ず、吹っ飛ばされ、木に叩き付けられた」
よくもまあ、それだけの事をされて生きていましたね、アルベルト様。
普通死にますよ、丸太でぶん殴られましたら。
(……あ、もしかして、アルベルト様を倒す手段ってこれかしら? いくら右手に宿る死神の力であっても、処理速度には限界があるかもしれない。実際樹木を丸ごとぶつけられて、吹き飛ばされたようですし)
処理速度を超える大質量を以てすれば、その死神の黒い手を突破できるという仮説が成り立ちました。
もっとも、アルベルト様の倒し方など、“今”はどうでも良い事。
素知らぬ顔を決め込みつつ、話の続きに耳を傾けました。
「で、こちらがどう対処すべきか悩む間もなく、指を指された」
「ああ、“呪”を撃ち込まれましたか」
「そうだ。私の右手に宿る力同様、どす黒い何かが心臓に突き刺さり、思わず呻いてしまったほどだ」
「その割には、まだご健在のご様子ですが?」
「そう、それなのだ。その首無騎士が妙な事を口走ったのだ。『お前に伴侶はいるか?』と」
なんとも間の抜けた質問。
伝説の化物が、いきなりの身元調査ですか。
「アルベルト様は独り身。当然、答えは……」
「うむ。『いない』と素直に答えた」
「で、ありましょうね」
「すると、あちらは『では、少しばかり遊んでやろう。こちらの謎かけに答えられたらば、かけた“呪”を取り除いてやろう』と」
「なるほど。完全に“遊ばれて”おりますね」
「まったくだ。だが、首無騎士から直接食らった“呪”を解除する方法なんぞ、持ち合わせていないからな。奴のお遊びに付き合わなくてはならなくなった」
これで人払いを拒否した理由が分かりました。
アルベルト様が求めているのは、首無騎士の出してきた謎かけの答え。
姦しい女達に聞いて、それを得ようという腹積もりでございましょうね。
「ここへ来る途中、天下の名医に出会ったのだが、あっさり匙を投げられた。『呪の外し方などというものは、医術ではなく魔術の領域』とか言ってな」
「当然でありましょうね。さしものアゾットも、怪物の呪いは専門外ですね」
「ならばと思い、やはり魔術に関しては、魔女に聞くのが一番だとここへ来た」
「……して、相手はどのような問いを?」
「奴はこう投げかけてきた。『この世でありとあらゆる女性が欲しがるものとは何か?』とな」
「この世でありとあらゆる女性が欲しがるものとは何か、ですか」
ここでさらに納得。
謎かけの答えが欲しいだけであるならば、それこそ知恵者や魔女が一人いれば事足りるというもの。
しかし、謎かけの内容に、“あらゆる女性”という広範囲な設定が組み込まれているわけでございます。
ならば調査対象を増やす意味でも、女性の頭数を増やして聞き込みをするのは当然の帰結。
私のみならず、ジュリエッタやラケスにも話を聞いてもらったのには、もっともらしい理由があったというわけでございましたか。
「それと更に追加で提案があった」
「追加の提案、でございますか」
「対峙していた首無騎士の横に、女性が一人現れた。まあ、女性と言っても、老婆と言った方が適当かもしれんが、凄い皺くちゃな女性でな。長い鼻に、樹木の皮のような肌、そして、黒の長衣にとんがり帽子と、絵に描いたような魔女っぽい奴だった」
「典型的な魔女の装いですわね」
まあ、私は“娼婦”も兼業しておりますので、艶やかな服装で通しておりますが、魔女と言えば、やはり黒い長衣に尖った帽子、それと空を飛ぶための箒や鴉や猫のような使い魔、こんなところでありましょうか。
それが一般的な魔女の装い。
アルベルト様の前に現れたのも、その典型的な装束の魔女でございますね。
「でだ。奴はこう言った。『伴侶がいない独り身ならば丁度よい。先程の無礼の廉は許してやるから、我が妹を娶れ』と」
「なるほど。つまり、“老いたる妹を娶る”か、“謎かけを解く”か、“呪いで死ぬ”か、この三つの選択肢を用意してきたわけですね」
「その通りだ」
事情を聴き、アルベルト様が焦る理由も分かりました。
謎かけが解けなければ、老婆を娶るか、“呪”で死ぬかのどちらかを選ばされるというのです。
どちらも選択したくないのであれば、答えを用意しなくてはなりません。
そのために“魔女の館”へ来たというわけでございますか。
ならば、こちらも答えは一つ。
ラケスもジュリエッタも“察した”ようで、私と同時にアルベルト様に頭を下げました。
そして、これまた同時に一言。
「「「ご結婚おめでとうございます!」」」
「おい!」
物凄く嫌そうな顔をしておりますね、きっと。仮面で隠れていますが、間違いなくそうでしょう。
でも、知りません。
できれば、伝説級の化物となんかに関わり合いたくないのですから。