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3-4 密室での遊び

 さて、一口に“夜伽”と申しましても、お客様が求めて参りますのは、人それぞれでございます。


 さっさと床入りしたい客もおりますし、あるいは美女と語らうひとときをこそ、欲する方もおります。


 そこは長年の機微にて察するのが、享楽の請負人にして、知識と技術を兼ね備えましたる高級娼婦コルティジャーナの腕の見せ所でございますね。


 完璧なる御奉仕を目指し、その準備に余念もございません。


 お楽しみいただき、お客様に満足していただく事こそ、我々の誉であり矜持でもありますので。


 まあ、正直な事を申せば、“次”もご指名いただけるように努力と研鑽を重ねているわけなのですが。


 そして、本日のお客様は、特別も特別のお客様!


 私にとっては“最上の上客”であられるジェノヴェーゼ大公国の大公陛下フェルディナンド様でございます。


 フェルディナンド様とのお付き合いは、もう二十数年に及びます。


 初顔合わせは互いにまだ少年少女と呼んでも差し障りないほどの頃。何かしらの宴で同席したのがその始まりでございます。


 お婆様に連れられて出席いたしましたその宴で、フェルディナンド様にお会いしたのですが、まあ、何と申しましょうか、いささか引っ込み思案な内気な少年というのが第一印象。


 そこからがお付き合いの始まりでして、なんやかんやで“気の強い幼馴染のお姉さん”的な立ち位置に居座る事となりました。


 まあ、他愛無い少年少女のお遊びにて、内気な少年の“矯正係”を務めさせていただいたものです。


 なお、“筆おろし”も私の仕事としてやらせていただきましたが、何事も“初めてのお相手”というものは心に残る者らしく、結婚して私の手を離れたと思いきや、たまにこうして遊びに来る有様。


 大公として一国を差配する立場ですので、何かと気の休まる時もないご様子。


 誰に気兼ねする事の無いこの部屋だからこそ、かつての“少年少女の時代”に戻れるというわけでございます。


 そして、今日もまた、いつもの“お遊び”が始まりました。


 それは“将棋スカッキィ”。6種16個の駒を8×8の盤面で動かし、相手の王を討ち取った方が勝ちというゲーム。


 神の視点で動かす模擬戦場での合戦でございます。



「公爵閣下は将棋スカッキィが本当にお好きでございますね」



 コツンッ!



「うむ。実際の戦場と違って、駒が予定外の動きをすることもないからな。分かりやすくてよい」



 カチッ、コツンッ!



「人の感情は揺れ動くもの。その機微を読んでこその将ではございませぬか」



 カチッ、コツンッ!



「まったくもってその通りだが、いつもそれでは気が滅入る。まして、いつも回りにおるのは、むさ苦しい男ばかりであるからな。美女と敵とは言え、戦場で相対するのは、華があってよい」



 何気ない会話からも、大公家当主としての激務とその徒労がうかがい知れるというものです。


 私としましては、その癒しの場として私の部屋を選んでいただけるの光栄であります。


 幼馴染みの姉貴分だからこそ、晒せる姿と心情とでも申しましょうか。


 公式な場でお会いする姿とは似ても似つかぬ、実に無邪気な少年時代を彷彿とさせる雰囲気。


 大公として皆を差配せなばならぬ立場ゆえ、表向きには完全無欠の君主を装ってはいますが、私に言わせればまだまだ背伸びしている少年のようなもの。


 まあ、こうした姿を見て知っているからこそなのですが、気の休まる時間がないというのはまた事実。


 張り過ぎた弦はそのままでは切れてしまうが道理。たまに緩めるのも必要なのでございましょう。


 それができるのが、この“塔の部屋”の中だけなのです。


 

「戦場に華が欲しいのであれば、奥方様と興じられてはいかがでしょうか? わざわざここにお運びにならずとも、御自身の御屋敷にて美女と将棋スカッキィを楽しめますよ」



 コツンッ!



「あれはダメだ。良き妻であり、いい女ではあるのだが、魔女殿ほど頭のキレる女ではないからな。前に将棋スカッキィをやらせてみたが、全然ダメであったわ。一向に上達もせん。まあ、魔女殿がやはり、世間の女性とも貴族の御令嬢方とも一線を画す鋭敏な頭をお持ちなのだろうが」



「そのような評価を戴けて、光栄にございます」



 ここまで評価をしてくださるとは、望外の事であるのは正直な話。


 相手は大公、こちらは“自己申告”の男爵夫人。本来であれば、全く釣り合いの取れない相手なのです。


 お婆様の時代から色々と骨を折って、大公家に取り入った甲斐があったというものでございます。


 フェルディナンド様個人への心証も良好。


 まず満足すべき立ち位置の確保、と言ったところでありましょうか。



「お褒めいただき光栄ではございますが、奥方様も大切になさいませ。折角お世継ぎをもうけられましたのに、夫がこうして夜遊びに興じられていましては、私から申し上げるのも僭越ではございますが、不憫でなりませぬ」



 コツンッ!



「ぬぅ、魔女殿に言われると、返す言葉もないわ。妻の事は気を付けるとしよう。明日からな」



「あらあら、まあまあ。大公陛下ともあろう御方が、女遊びに未練タラタラにございますわ」



「むむ、なにやら、魔女殿は不機嫌であられるな」



「いえいえ、勝ち戦続きで傲慢になっているだけでございます。どなたか、私に敗北を味あわせてくれませんでしょうか?」



 などと言っても、負けるつもりはございません。とことん追い詰めて、失意の撤退をしていただきましょう。


 お客様相手に不本意ではありますが、私は奥方様とも昵懇の仲。今宵は奥方様の肩を持たせていただきます。


 意志を持たぬ盤面の駒を動かし、敵総大将の首級を挙げる。


 造作もない事ですわ♪

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