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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第2章 名医になる予定の男
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2-16 魔女とヤブ医者

 酒場の酔いどれによる喧嘩、そして、刃物を持ち出しての流血沙汰。


 買い物の帰り道、嫌なものに遭遇してしまいました。


 しかも、現場に駆けつけてきた医者が、私の店において“出禁”を受けましたる大馬鹿者。


 何から何まで、嫌なこと尽くし。


 新郎新婦をからかう気で蜂蜜を買ったというのに、気分が萎えてしまいました。



(気分が萎えます。隣のジュリエッタはなおの事。ああ、本当に厄日です)



 目の前で治療に当たっております医者は、かつてジュリエッタに“行き過ぎた求愛行動”によって出禁になりまして、その時以来の再会。


 望んだ再会ではございません。できれば、一生お会いしたくもないヤブ医者。


 頭の空っぽな男でありますし、どんな馬鹿げた治療を施すのか見てやろうと、少し悪戯心を胸に近付いてみました。



(現場は三対三の喧嘩。一人が刃物を持ち出し、二名を刺し殺す。そして、もう一名も重体。仲間の二人も止めようとして、それぞれ腕を斬られていますね)



 重体患者もかなりの深手のご様子。実際、ヤブ医者も軽く見ただけで、治療は無駄だと判断。


 腕を切られた二人の方へと近付きました。



「顔の打撲は水で冷やしておけばよい。腕の切り傷はすぐに薬を塗ろう」



 ヤブ医者は二人の容態を見てそう診断を下し、持ってきた鞄から小瓶を取り出しました。


 何かしらの軟膏が入っているようで、まずは一人にそれを切り傷に塗り込みました。


 かなり沁みたご様子で、塗られた男は顔をしかめております。



「あらあら、それでは患者さんが神の御許へ旅立たれてしまいますわ」



 私は医者に聞こえるようにわざとらしく大きな声で嫌みたらしく言い放ちました。


 もちろん、医者は私の声をその耳で拾い、睨んできました。



「おやおや、これはこれは、魔女殿ではございませぬか。相変わらず醜いお姿で」



 医者の男も嫌みたらしく返してきましたが、これには理由がございます。


 ジュリエッタへの粗相を咎められ、店を出禁になりましたる時、私はこの男を散々に面罵いたしました。


 可愛い妹分への無礼ですから、容赦は致しませんでしたよ。


 今も私の影に隠れつつ、ジュリエッタもヤブ医者を睨んでおりますが、それだけの事をしたのですから当然です。


 そして、それを忘れてこちらを睨みつけてくるのですから、逆恨みもいいところでございますね。


 この何も詰まっていない頭でどうやって医者になれたのかと、小一時間問い詰めたいところでございますわ。


 魔女の私に言わせれば、本当にダメダメな医療行為。


 むしろ、患者を死に追いやりかねない“ヤブ”にございます。



「その薬ではダメ。患者を苦しめるだけよ。私がいい方法を見せてあげるわ、魔女として」



 まあ、本来は関わらない方が良いのでしょうけど、そこは以前の仕返しとでも申しましょうか。


 私の店で暴れたのですから、今度はそちらの領分の内側で暴れ返してやろうという、一種の意趣返し。


 魔女の魔術か、医者の医術か、どちらが優れているのか、見せて差し上げましょう。



(もちろん、魔女わたしが勝たせてもらいますけどね)



 ヤブ医者なんぞ、私の魔術があればどうということはありません。


 私は落ちていた刃物を拾い上げ、ケンカで怪我をした男の前に跪き、腕の切り傷と、刃物に対して交互に印を組み、さもまじないでもしているかのように周囲に見せつけました。



デウスよ、デウスよ、我が名はヌイヴェル=イノテア=デ=ファルス、汝の忠実なるしもべなり。我が言の葉に耳を傾け、汝の偉大なる力を今ここへ」



 手にした刃物で円と六芒星を描き、その真ん中に刃を突き立て、さらなる詠唱を続けます。


 もちろん、こんなものに意味はありません。


 呪文を唱えて術が発動することなど、ありませんので。


 魔女が治療を行っている、これを分かりやすく見せ付けるための演出。


 しかし、これから施す“術”は本物でございますよ。


 さあ、とくとお見せしましょう。


 我が秘術【遠地作用の呪フラッド・ウングエント】を!

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