12-14 十三番目の部屋 (2)
私が住む港湾都市ヤーヌスは、ジェノヴェーゼ大公国の玄関口であり、世界屈指の貿易港でもあります。
人口は10万を数え、都市の規模でも公都ゼーナに次ぐ二番手であり、商船、行商がひっきりなしに訪れる商業都市となっております。
それだけ人が集まれば、それを目当てとした店も軒を連ね、酒と女を買いに来る“花街”というのも存在します。
私の勤めている高級娼館『天国の扉』もここにあり、敷居の高さから、いつかは出世して訪れてみたいお店の一番手として、人々の評判を集めております。
そんな花街から少し外れた場所に立つのが、私の住まう“魔女の館”と呼ばれる屋敷でございます。
周囲をぐるりと取り囲み、その内側に中庭が広がる設計になっております。
中を覗けぬその構造から、中がどうなっているのかを知りたがる者は数知れず。
特に人目を引くのが、“塔”でありましょう。
高さにしておよそ6階の高さがあり、その入り口は屋敷から延びる渡り廊下のみ。
しかも、螺旋階段を上った先にあるのは、部屋が一つあるだけ。
誰も立ち入れない秘密の部屋であり、そこに入れるのは部屋の主人である“魔女”と、魔女の許しを得た“来賓”だけとなっております。
元は祖母である“大魔女”カトリーナお婆様の居室であり、老いて動けなくなってからは、ここを住処とし、最後の瞬間もまたここで過ごされました。
その後は私が引き継ぎ、フェルディナンド陛下との密会場所として、将棋を嗜む遊技場として使っておりました。
この部屋には、必要最低限の物しかありません。
将棋盤を置いている机と32体の駒、対となっている椅子、そして、結局使われる事のなかった“寝台”。
そして、言い表せない“虚無の感情”。
(まあ、別れ話をした以上、もうここには陛下はお越しにならないでしょうけどね)
思い出の詰まったこの部屋には、今や虚しさだけしか残っていない。
あれほど楽しかった日々も、今ではどす黒く呪われてしまっている。
魔女レオーネの口から漏れ出た隠された真実。
私と陛下は、腹違いの姉と弟であったという事。
知らず知らずのうちに弟を誘惑し、“筆おろし”という過ちを犯していたという、拭えぬ罪が肩にのしかかって来ます。
知らなかった事とは言え、近親者とまぐわるなど、神話で戒められている最大の禁忌と呼べる愚行。
むしろ、その“神話の再現”のために用意された舞台装置が、私という訳です。
聖光母、あるいは魔女王の再来としての役目を背負わされ、その再現としての近親相姦という罪。
これを仕組んだのは、間違いなくカトリーナお婆様。
(あなたは一体、何を求め、何を志していたのでしょうか?)
その宿題の答えを求めているのが、今の私です。
数々の情報という名の欠片が揃い、徐々に形を成していく。
しかし、まだ答えが見えてこない。
“神話の再現”などという、薄ぼんやりとした全体像だけが浮かんできて、その本質はなおも闇の中。
今回の“花嫁の狂言競売”にしても、ひょんな悪戯心が、またしても妙な人物を招き寄せ、思わぬ事態へと動いてしまいました。
(とにかく、エイラを取り戻す事が第一! 次に、あの謎の巡礼者の正体を暴き、その目的を探る事! どんな手で来る事やら)
分かっているのは、何かしらの方法で“精神”に作用する魔術を行使している事くらいでしょうか。
あの頑迷なネフ司教を、温和なお爺様に変えてしまうほどには、強烈な作用を持つ魔術なのは確実!
心に隙を作らず、油断なく詰めていけばいい。
何より少々強引でも、肌に触れさえできれば、情報を得られますし、色仕掛けや話術で距離さえ狭めれば、どうにかなるというのが私の考え。
(一応、入室の際は“身体検査”をする、くらいの要求をしてしまえばよい。それを拒否すれば、相手の出方や立ち位置も分かる!)
肌の接触を拒めば、私の魔術の正体を知っているという事。
あるいは逆に、凶器を仕込んで、襲い掛かって来る事も考えられます。
その場合は護衛役として、ディカブリオやアゾットも同席できるように捻じ込む。
防ぎようはいくらでもありますわね。
そんなこんなであれこれ思考を巡らせておりますと、塔の部屋にディカブリオが入って参りました。
「姉上、例の客人が参りましたよ」
「エイラはちゃんと連れてきていますか?」
「おそらく、は」
「なんですか、そのはっきりしない答えは?」
「フードを深々と被っていて、顔の判別ができませんので」
「……まあ、よいか。最大限の警戒をしつつ、会うとしましょう」
もう後には引き返せない。
私の不注意でエイラを取られた以上、会わないという選択はなし。
何が何でも花嫁を取り戻さなくては、イノテア家の末代までの恥。
魔女としては、無様もいいところですからね。
陛下との思い出が発する虚しさを打ち消し、今は魔女となりましょう。
例の巡礼者がどう出てくるのか、逆にギャフンと言わせてみせましょう!




