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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第12章 魔女はシンデレラを売り飛ばす
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12−13 十三番目の部屋 (1)

 “中心街チェントロチッタ”にありますファルス男爵家の屋敷に戻りました私は、先程の顔ぶれが揃う居間へと顔を出しました。


 と言っても、ジュリエッタはいませんね。



「ジュリエッタは『天国の扉(フロンティエーラ)』に行きましたよ。『今は仕事をしている方が落ち着く』とか言って」



 そう答えたのはアゾットです。


 強がってはいても、やはり失恋は思っている以上に心身ともに蝕まれるものですね。


 そういった点では、まだまだ年季が足りませんか、ジュリエッタは。


 もっとも、完全予約制の店で、そうそう急な仕事など入りませんし、一人で割り当ての部屋にこもって瞑想か、あるいは思い出浸りでしょうかね。


 まあ、代わりに従弟のディカブリオが加わって、帰りを待っていてくれたようですわね。



「おや、ディカブリオや、ラケスはいかがした?」



せがれを寝かし付けているところですよ。先程まで、イニッツィオは大泣きしてましたが、ようやく静かになりました」



 すっかりパパ、ママになりましたね、我が家の大熊と仔猫は。


 はてさて、どっちに似てくれるやら。



(巨大な猫なら、獅子になりましょうか?)



 などと、埒の無い事を考えつつ、ソファーに腰を下ろす。


 皆の視線が集まり、話を促してきますが、やはり落ち着かないのは当然、オノーレです。


 自ら進んで売った妻とはいえ、気になるのでしょう。


 軽い脅しのつもりが、まさかの高額お買い上げですからね。


 まあ、狂言競売を仕組んだのは私でもありますし、あまり責められませんけど。



「そ、それで、エイラは!?」



 当然、尋ねてきたのは夫たるオノーレ。


 売るつもりのなかった妻を売ってしまい、あたふたしているのは分かります。


 あなたが始めた物語なんですし、少しは責任を感じましょうね。


 まあ、加筆修正して、余計な事を目論んだ私の言えた義理ではありませんが。



「エイラは大礼拝堂カテドラルにいるようです」



「ようです?」



「直接は顔を合わせてはいませんのでね。ただ、お買い上げいただいた相手からは、返事をいただけましたわ」



「そ、それで!?」



「明日、エイラを連れて、『魔女の館』に来るそうです。そして、“十三番目の部屋”を指定してきましたわ」



 途端に、ディカブリオとアゾットの表情が強張りましたわね。


 まあ、この二人はあの部屋が何に使われているのかよく知っておりますから、なぜそれを知っているのかと怪訝に感じているのでしょう。


 一方、オノーレはそこまで詳しくは知りませんし、教えてもいません。


 精々、『なんかヤバそうな事をやり取りしている部屋!』くらいの認識です。


 あくまで、私にとって裏仕事の助手は、“絶対”の契約によって縛りの入っている、ディカブリオとアゾットの2人だけなのですから。


 オノーレはせいぜい、人手が必要な時の臨時職員くらいでしょうか。



「それで姉上、その怪しげな正体不明者をあの部屋に招き寄せるので!?」



「まあ、ディカブリオの懸念ももっともですが、エイラがあちらの手中にある以上、受けぬわけにもいくまい」



「……はっきり言えば、自業自得では? 夫婦喧嘩のとばっちりで、秘匿された部屋への入室を許可するのはどうかと」



 ディカブリオは珍しく不機嫌さを隠さず、オノーレを睨み付けました。


 まあ、夫婦喧嘩をしていたのは事実ですし、その結果、主家に迷惑をかけているのですから、男爵家当主としては当然の叱責。


 むしろ、普通の貴族であれば、良くて解雇クビ、下手すると物理的に(・・・・)首が飛びかねません。


 ただし、今回は別。


 二人の仲人はこの私。


 狂言競売に手を加えたのもこの私。


 責めを受けるべきは、私なのですから。



「まあ、そう怒るな、ディカブリオ。どのみち、遅かれ早かれ、あちらは踏み込んで来たであろう事は私が確信しています」



「部屋の秘密を知っていた事や、ジュリエッタを妹と見破った点から、こちらへの調べはとっくに終わっていたと」



「そうそう。なので、それをちょっと早めてやるだけよ」



「何かしらの目的で、暗殺や誘拐の可能性は? 何しろ姉上の身は……」



 至高の価値がある。


 そう言いかけましたが、オノーレがいるので慌てて口を紡ぐ。


 厩舎番が知るには、少々踏み込みすぎた内容ですしね、昨夜の一件は。


 それでよろしい。



「まあ、暗殺や誘拐目的であれば、いささか目立ちすぎる。何かしらの交渉や取引が目当てだと考えていますわ」



「確証もなしに踏み込んでいくなど、ご主人らしくありませんな」



「まあ、そう言うな、アゾット。魔女として、売られた魔術絡みの喧嘩を買うだけですよ」



 何しろ、あの巡礼者、頑迷なネフ司教を温和な好々爺に作り変えてしまうほどの、何かしらの魔術を使えるのは確かですからね。


 どういった魔術なのか、気になるというものです。



(おまけに、肌の露出を避ける格好をしていましたし、私とのお肌の触れ合いを警戒していなのは確実! かなりできる相手ですわ)



 だからこそ知りたい。


 そして、その好奇心には抗えない。


 魔女はそういう度し難い生き物なのです。


 ディカブリオやアゾットは納得しない雰囲気がありましたが、私が決めた以上、渋々承諾してくれました。


 オノーレは選択の余地なし。


 魔女の館で待つしかありません。


 こうして私達は公都ゼーナの男爵邸を後にし、港湾都市ヤーヌスの魔女の館へと戻っていきました。


 熱烈歓迎の準備、怠りませんとも!


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