12-11 意外な出迎え
公都ゼーナの大聖堂は、ジェノヴェーゼ大公国の各地にある教会や修道院を管理し、人々を正しく教導する事を目的として設置されております。
経典を教え広め、神の素晴らしさを説き、祈りを捧げて正しく生きる事を民衆に伝えるのがその役目。
(まあ、本当は“雲上人”の地上支配の出先機関なのですけね)
私自身も最近知った事なのですが、法王聖下には、“言霊”という極めて強力な力を持っているのです。
その言葉は口から発せられると力を得て、人々に命令を強制する事ができます。
それこそ、“死”に直結しそうな理不尽な命令すら抗う事ができない程の強制力。
そして、その強制という歯車を動かす潤滑油の役目を果たすものが、“神への畏敬”という信仰心、あるいは罪の意識なのです。
神への畏敬が、その第一の信徒である“雲上人”への畏怖に繋がり、いざという時の“言霊”発動の下地作りというわけです。
そのため、教会は定期的に儀典を開き、信徒である民衆はそれに参加する事が半ば義務となっております。
そこで何度も神話や経典の逸話を利かせ、人々の脳裏に刷り込む。
それが“雲上人”が用いている、地上の支配の構図なのです。
(私はそのカラクリを知る数少ない人物であり、同時に“言霊”に耐性を持つ魔女でもある。教会側にとって、好ましからざる人物でしょうね)
勝手な事をせず、“その時”が来るまで大人しくしていろ、というのが多くの方々が考えているであろう事。
しかし、私は豪華な宮殿に縛り付けられる事を良しとしません。
好奇心、未知への探究、それは魔女として抗い得ぬ魅力に満ちた養分であり、同時に欲望という毒でもあります。
足取りを軽くし、同時に沼にはめ込もうとする、扱いに困るもの。
ですが、今の私は義務感に支配されています。
オノーレとエイラの仲人を務めたのは私。
競売にかけて、二人を別れさせてしまったのも私。
こんなはずではなかったとはいえ、“責任”というものがありますからね。
今少し慎重に事を起こすべきでしたが、やはり昨夜の宮殿での出来事が、どうにも脳裏にこびりついているのでしょう。
衝撃が強すぎて、思考力に陰りが見られる、とでも申しておきましょうか。
普段ならやらない事でさえやってしまう、愚かなる魔女。
などと考えておりますと、丁度儀典が終わったのでしょうか、礼拝堂からゾロゾロと人々が出てきました。
ただ、不可解であったのは、出てきた人がほぼ全員、怪訝な顔をしていた事です。
「なあ、今日の司教様って、なんか、こう、丸くなってなかったか?」
「あ、お前もやっぱそう思うよな?」
「刺々しいというか、厭味ったらしいというか、そうした口調で延々説教してくる感じなのに、なんか今日は物腰柔らかというか……」
「普段感じない、妙な温かみをだな……」
礼拝堂より出てきた二人組が、私の横を通り抜ける際にそう述べる。
これまた不可解な会話が私の耳に入って来ましたわね。
(物腰柔らか? 温かみ? あのネフ司教が?)
私の知る限り、ネフ司教は枕詞に“超”が付くほどの堅物です。
規則通りであれば、どれほど効率が悪かろうがそれを行い、規定に外れていれば、どんな有益な事でも跳ね除けてしまう。
改良、改修、改善と言うものが頭の中の辞書にはなく、万事において、前例主義を通し、現場の実情を無視して型通りに嵌めてきます。
その融通の利かなさが、不人気の理由なのですけどね。
その点がヴェルナー司祭様との大いなる差異。
中には、ヴェルナー様を昇格させて、こっちを司教にして欲しいとぼやく方々も少なくありません。
かくいう私もその一人。
“性癖”の部分に目を瞑れば、ヴェルナー様は極めて優秀ですからね。
(しかし、ネフ司教が本当に物腰柔らかになったのであれば、それに越した事はありませんが、なぜにそんな事が?)
祭りの間だけの特別仕様、などという事はないはずです。
以前の何かしらの祭事においても、口やかましく横槍を入れては、耳に不快なだけの説教を垂れてくるのが、今まででしたから。
しかし、儀典の参加者の反応を見ますに、“何か”があった事は間違いないでしょう。
そこは気になるのが、魔女の度し難い性質。
出てくる人々の流れに逆らって、私は礼拝堂の中へと入る。
中は式典が終わったという事もあって、大聖堂所属の聖職者の皆様方は片付けに勤しみ、肝心のネフ司教は奥へと下がろうとしている場面でした。
「ネフ司教様!」
奥の院へは一般の立ち入りができないため、声を張り上げて呼び止め、小走りで司教の方へと駆け寄りましたが、やはりおかしい。
私の目に映るネフ司教の姿が、“本当に穏やか”だったからです。
「おや、魔女殿ではないか。何か御用かね?」
この優しげな言葉に、私は却って恐怖を覚えました。
あれほど忌み嫌っていたはずの私に、嫌味も、蔑視も、お説教もなく、本当に物腰柔らかにこちらを相対してきたのです。
(いや、本当に何!? 何があったの!?)
らしからぬネフ司教の態度に、私はただただ困惑してしまいました。
こんな事は予想の範疇外。
お優しい司教の出迎えなど、未だかつてなし。
何かが起こっている。
あの謎の男が、何かを仕掛けたのでしょうか?
ともかくエイラを早く見つけねば、また騒動に巻き込まれてしまうと思い至るのでした。




