12-5 人妻競売 (2)
さっさと別れたいというオノーレとエイラ。
売り言葉に買い言葉で収まらぬ口論に辟易としますが、そうかと言ってアゾットの言うように無視するわけにもいかない。
仲人を務めた私が放り出してしまっては、末代までの恥になりかねません。
(さて、どうにかしないといけないのは分かりつつ、どうにもならないこの状況。人目の気になりますし、さっさと片付けねばなりませんね)
なにしろ、ここは公都ゼーナの中にある広場の一つ。
祭りの出店が立ち並ぶ一角にあり、行き交う人々の目があります。
我がファルス男爵家の名誉にもかかわりますわね、この騒動は。
と、そこにジュリエッタが私の背をツンツン。
何かあると察し、まだ口論を続ける二人から少し離れて小声で会話。
「ヴェル姉様、いっその事、売っちゃったらどうです?」
「正気ですか、ジュリエッタ!?」
「収まりがつきませんし、“売る”事に関しては、商品の方も納得してますから」
実際、それはその通り。
エイラも「売られてやる!」と啖呵切っておりますからね。
まあ、勢い任せの売り言葉、買い言葉なので、信用するのもあれですが。
「ですので、“冷や水”を浴びせて、冷静に考えるように促すのですよ」
「なるほど。毒を以て毒を制する、ですか。実際に競売にかけてみて、その熱気で逆に潰してしまおうと」
「でも、実際に競り落とす事だけはしない。こちらで競り落とします」
「茶番、狂言による“偽りの競売”で目を覚まさせるか」
今は冷静さを欠いている二人ですが、実際に売られるとなると話は別。
私がそう感じたように、正気を疑う事となりますわね。
そこで、ようやく正気を取り戻すという寸法。
そうと決まれば、手持ちの確認です。
私とジュリエッタは財布を取り出し、中身を見てみました。
「ん~、二人合わせて金貨銀貨が十枚ずつ」
「おおよそ、一般的な庶民の収入半年分。そんじょそこいらの庶民が出せる金額じゃないですね」
「出せなくはないですが、訳の分からない競売に出す金ではない」
「せいぜい、出せて金貨一枚が良いところ」
「そもそも、お貴族様はこんなところには来ませんし、いたとしても、大金はたいて庶民の女を買うとも思えませんしね」
「それこそ、高級娼婦でも売りに出さないとね」
もちろん、私やジュリエッタをお買い上げいただこうと思えば、これくらいは用意していただかなくてはなりませんよ。
それも“一晩限り”でこのお値段。
永久就職とは参りませんよ。
そして、ヒソヒソ話を終えて振り向きますと、そこには察したアゾットが立っておりました。
「……で、やると?」
「ええ、よろしく、アゾット。適当な時に競り落として上げて」
「あまり良い策とは思えませんが」
「さっさと片付けたいのですよ、この騒動。とにもかくにも、二人に冷静さを取り戻させるのが先決。実際に競売が始まったら、興奮した気持ちよりも、後ろめたさや恐怖が心に芽生えてくるわよ」
「そうではありますが……。いっその事、衛兵にしょっ引かせて、牢屋に一晩放り込んでいた方が、手っ取り早いと思いますが?」
「公儀の手に委ねて、我が家の恥を晒せと? 陛下やアルベルト様の手を煩わせたくはありません」
昨夜の一件で、私と陛下の関係が微妙になってしまいましたからね。
男女のそれから姉弟に、愚痴を話せる飲み友からただの君臣に。
私の方から壁を作ってしまいましたから、下手に頭を下げるような状況、今は好ましくありません。
ジュリエッタが横っ面を引っぱたいて無理やり消した劣情が、また目を覚まさないとも限りませんからね。
今の私と陛下には、それこそ“冷却期間”というやつが必要なのです。
(あ~、なにかしらね、こう、倦怠期の伴侶感覚は)
にべもない事を考えるものだと、私は私を嘲りたくなりますわね。
「なら、お引き受けしますが、“これ”で足りますか?」
「足りる足りる。庶民の祭に貴族は来ない。いたとしても、貴賓席でふんぞり返っているのがせいぜい。喧騒の中に飛び込んできて、競売に参加する物好きはおらぬて」
「はて? 男爵夫人がこの競りを取り仕切っているようですが?」
「いいから、さっさと行け、アゾット。あの二人の目を覚まさせて、もう今日は引き上げましょう」
気分転換のつもりが、とんだ騒動になってしまいましたわね。
アゾットも納得しかねるという顔でしたが、財布を受け取ると、人混みの中に消えていきました。
あくまで“赤の他人”が競り落としたと思わせるための擬態。
バカ夫婦の肝を冷やさせるための小芝居です。
なおも口論を続ける二人に近付き、二人の肩をガシッと掴む。
そして、冷ややかに一睨み。
「二人とも、最後に確認しておきますよ? 本当に別れてしまったとしても、後悔はせぬのじゃな?」
強い語気で二人に詰めましたので、少し怯んでしまいましたが、再び互いに睨み合い、そして、怒りの炎が再燃しました。
「ええ、その通りでございます。女房を縛り上げて売り捌こうなどと、狂人の行いですわ! ヌイヴェル様には何かとお世話になっておりますが、こんなのと引き合わせた件につきましては、何度でも文句を言わせていただきますから!」
エイラよ、その点は本当にすまぬ。似た者同士、仲良くやっていけると思ったのですが、同族嫌悪の方が出てしまうとは、本当にうっかりでしたわ。
今後、仲人を引き受ける際の参考にさせていただきましょう。
「ヌイヴェル様、今度はおしとやかで貞淑な女を紹介してくださいよ。こいつをできるだけ高く売り飛ばして、それを再婚の資金にしますんで」
オノーレもオノーレで、もう反省も後悔もしておらぬ様子。
別れる気満々で、躊躇も後ろめたさも一切なし。
まあ、引っ付けたのが私なら、別れさせるのも私がどうにかいたしましょう。
さあ始めましょうか、妙齢の婦人、それを売り払う競売を。
と言っても、脅しに使う嘘の競売ですけどね。
残念ながら王子様はやって来ませんよ。
なにしろ、この国の王子様は昨日が生誕日で、1歳になったばかりですからね。
それこそ、とんだ騒動に巻き込んだ憂さ晴らし的に、二人を大いに煽ってあげましょうか!




