2-12 最後の教え
契約も無事完了。
これでアゾットとラケスの二人は晴れて“当家の者”となりました。
(まあ、契約上はただの年季奉公人。しかし、いくつかの要素を加えることにより、決してこの家から離れられなくなる)
今度はそのいくつかの要素を揃えなくてはならない。
そうなれば、二人とも我が家の手駒として活躍できる。
ああ、今から楽しみで仕方がありませんわ。
「では、二人とも下がっていいわよ。仕事もどんどん覚えてもらうからね。頑張ったら、今日は夕食に生ハムを出してあげますからね」
餌付けの効果は絶大です。目をキラキラさせながら、部屋を出ていきましたとも。
まあ、契約祝いに最初から出してあげるつもりでしたけどね。
そして、部屋に残ったのは私とお婆様。
久方ぶりに魔術を行使されたので、少し疲れているご様子ですが、それ以上にご機嫌なようで、二人の前だからと我慢していた笑みがこぼれております。
「さて、ヴェル、分かっていますね?」
「はい、全力であの二人をものにしてみせます」
なにしろ、お婆様の目利きに適い、秘術【絶対遵守】まで使われたのですからね。
これで成果が出なければ、お婆様の顔に泥を塗りかねません。
あの二人は確実に我が家で押さえ、大樹と宝石に仕上げてませますとも。
「しかし、私が思いますに、ラケスの方が手こずりそうな予感です」
「ああ、ヴェルもそう思う? そこはディカブリオの背をあなたが押して上げなさい。あの子はどうにも自信がなさすぎる」
「成り上がりの男爵として、結構な嫌がらせを受けているみたいですからね」
若い上に、歴史の浅い成り上がりの男爵ということで、社交界ではまだまだ嫌な目で見られることも多い。
それを一手に引き受けているのが、ディカブリオです。
まだ二十歳にもなっていない若者にはいささか酷な状況ですが、これくらいは乗り越えてもらわなくては、今後が思いやられます。
「まあ、むしろ、それの方が好都合かもしれません。仕事で疲れて、気力体力共にへばる男。そこへそっと寄り添う女。うん、少しばかり奥手なディカブリオには、ラケスくらい闊達な娘の方がいいですね」
「ヴェルも随分と阿漕な真似をしますね。ディカブリオとラケスをひっつけようなど、まともな発想ではありません」
「互いの魔術を鑑みて、相性が良いと判断したまでです。ディカブリオの持つ【百発必中の腰付き】と、ラケスの持つ【聖母の恩寵】、この合わせ技は強力です」
私の持つ魔術【淫らなる女王の眼差し】を用いて、二人の情報をは精査済み。
もちろん、心の奥底にある情報まで、しっかりと見せていただきました。
ディカブリオの持つ魔術【百発必中の腰付き】は、性行為に及んだ際、“必ず相手の女性を妊娠させる”という能力。
発現する条件は“百回性行為に及ぶ事”。うん、簡単ですわね♪
本来ならばかなり面倒臭い魔術ですが、真面目なディカブリオなら浮気も大丈夫でしょう。
そして、ラケスの魔術【聖母の恩寵】は"必ず多産になる”というもの。
発現する条件は“出産経験がある事”。つまり、二度目のお産からは、必ず双子なり、三つ子なりが生まれるというものです。
これも本来は忌避されるべき魔術です。上流階級では双子は相続の問題に発展する、厄介者という認識なのですから。
ですが、我が家は“成り上がり”でございますから、その辺りは伝統にうるさい他の貴族とは違います。
むしろ、一族の繁栄のために二人の力を掛け合わせた“大家族化”が望ましい。
「まあ、分与する財産も限られていますし、そこは必至で働くよう“心掛け”は必要でありましょうが。結局、一番信用できるのは家族ですから」
「そうですよ、ヴェル。信用に足るのは“家族”のみ。ですが、血の繋がりが家族の証明ではない、と言う事を忘れてはなりませんよ」
「心得てございます、お婆様。人と人とが出会い、慈しみ合う心が育まれてこその“家族”。そこに血の繋がりは関係ありません。あくまで、親近感を持つための補助的なもの、その程度の認識でよいと思います」
これこそ、お婆様の信念であり、私がよくよく学び取った点。
この偉大なる魔女は、人と言うものを三種類に分類しております。
“家族”と、“契約者”と、“そのいずれかの候補”という具合に。
“家族”とは、“契約に因らない魂で結びつく者”。
“契約者”とは、“契約によって決して裏切らない者”。
そして、その他大勢は“いずれかに該当するか品定めをする”のです。
陰謀渦巻く社交界においては、この“裏切らない”という事が、どれほど貴重であるのかを、私なんぞよりも遥かに見て、聞いて、体験してきた事でしょう。
その集大成として、今のお婆様があるのですから。
「ヴェルや、ラケスはまだ子供。ディカブリオと契りを交わすのはまだ先の話。じっくりと、二人の仲が睦まじいものになるよう、下支えしなくてはダメですよ」
「はい。幸い、ラケスもディカブリオを気に入っている様子ですし、ディカブリオもまあ可愛くは思っていましょう。少し面倒な仔猫感覚、ではありますが」
「今のままでは精々妹分止まりですね。ああ、いっその事、ラケスからディカブリオに襲い掛かる事にしなさい。そうすれば真面目なディカブリオの事、戸惑いながらもラケスと夫婦になることでしょう」
「さすがはお婆様、大悪党にございますね。世間で言われる魔女の悪名、どこまでが真実なのでしょうか」
「魔女にとって、悪名は身を飾る装飾品ですよ。魔女をより魔女らしく着飾らせるためのね。だからヴェル、あなたも悪名を恐れてはダメ。むしろ、乗りこなすつもりで受け入れなさい。傲岸に笑ってこその魔女なのですから」
そして、お婆様は私に笑顔を向けてまいりました。傲岸で、不敵で、それでいて慈しみも内包した、今まで見た事もないお顔。
なんという満ち足りた顔なのでありましょうか。
ああ、お婆様、あなたは本当に素敵です。
血煙の中を闊歩し、毒の沼地を踏破しながら、なおも笑顔を忘れない。
私の脳裏にしかと刻まれた、大魔女の“最後の教え”。
この日から一月もしない内にお亡くなりになられました。
私が魔女の名と心を受け継いで、かくあるべしと心に刻んだあの日の事を、決して忘れることはありません。
いつかこの魔女を超える魔女になる日まで、ずっと笑い続けますとも。