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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第11章 魔女の宴は華やかに
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11-54 湿っぽい夜空

 部屋を出た私とジュリエッタですが、そこにはズラッと見知った顔触れが並んでおりました。


 先に退出していたアルベルト様にディカブリオは言うに及ばず、グローネ様にリミアの大公家のお二人に加えて、ゴスラー様にマリアンヌのアールジェント侯爵家の二人、アゾットやラケスの我が家の面々もいます。


 もちろん、ジュリアス殿下やイニッチィオも、それぞれの母親に抱きかかえられながら、すやすやと寝息を立てていますね。



「あ、やっと出てきた!」



 私の顔を見るなり、パッと明るい顔に変わったリミア。


 私に近付こうとしましたが、それを養母でもあるグローネ様が止めてしまいました。


 右手でジュリアス殿下を抱えながら、空いた左手でリミアの肩を掴み、動きを封じたのです。



「リミア、申し訳ないのですけど、ジュリアスを寝かしつけてくれるかしら」



「え? あ、ですが」



「お願いしますね」



 有無を言わさぬ口調で、ジュリアス殿下を手渡しました。


 それに合わせて、今度はゴスラー様とラケスが動く。


 ゴスラー様はアルベルト様の背を押し、ラケスはディカブリオの袖を掴み、引っ張り始めたのです。



「お、おい、侯爵!?」



「邪魔者はさっさと撤収しましょう。無事な顔を見られたのですし、今夜はお開きと致しましょうか」



「いや、しかしだな」



「なぁに、魔女もその妹の赤毛も、強かで図太い神経をしておりますからな。なんやかんやあろうとも、明日の朝日が昇る事にはコロッと忘れているでしょうよ」



 そう言って居並ぶ顔触れが一斉にいなくなりました。


 こういう場面での察しの良さは流石ですわね。


 兄妹揃って、色恋の駆け引きや機微には実に聡い。


 部屋の中で何があったのか、おおよそ予想されたのでしょうね。


 そして、私のジュリエッタは、唯一その場に残ったグローネ様に軽く会釈をしました。



「感謝いたします」



「いえいえ、こちらこそ。時折漏れ出る叫び声を聞きながら、皆がハラハラする姿は、良い余興でしたわよ」



 あれを余興と断じれるあたり、さすがに器が大きい。


 政略結婚であるとは言え、フェルディナンド陛下も本当によい女性を奥方に迎えられたようです。


 私なんぞが側にいるより、余程気が回ると言うものですわ。



「ねえ、ヌイヴェル、それにジュリエッタ、本当にもう良いのね(・・・・・・)?」



 なかなかに心を抉って来るグローネ様の一言です。


 本心で言えば、まだ未練と言うものはある。


 姉と弟、それに気付いていなければ、今も誘惑している事でしょうね。


 もちろん、実らないのもいつもの事ですが。


 しかし、ジュリエッタの方は本当に惜しいと思うのは姉心。


 将来有望な若者に嫁がせれば、その後の人生は約束されたようなもの。


 おまけに、政略とは関係ない恋愛結婚ですからね。


 状況が許せば、結ばせてあげたいと思っておりました。


 しかし、時代がそれを許さず、立場や出自がなお許さない。


 どれほど互いに好意を持とうが、上位の貴族と庶民の娼婦は結婚する事など夢のまた夢なのですから。


 私は吹っ切れた。


 では、ジュリエッタはどうかと思い、チラリと視線を向けると、こちらも表情には一切の曇りが見られない。


 差し出した絶縁状という名の思い出の品が、吹っ切る装置となったようですわね。



「ご心配なく、ヴェル姉様、それにグローネ様も。なんの心配もいりません」



「そう、ならいいわ」



 しかし、声は震えているように感じます。


 表面は取り繕えても、やはり心の中には未練という名のしこりは残る。


 本調子を戻すのには、少しばかり時間が必要なようですわね。



「グローネ様、今まで色々と大変失礼な事を致しました。フェルディナンド陛下の事はお返しいたします。何かと至らぬ“弟”の事、よろしくお願いいたします」



「……そっか、あなたも色々とあるのね、ヌイヴェル」



「詳しくは申し上げられませんが、その辺りは本当に申し訳ありません」



 これがギリギリの暴露ですわね。


 察しの良いグローネ様なら、私が先代大公陛下の私生児バスターダで、訳合ってそれを隠している事を理解してくれるでしょう。


 実際、グローネ様は気にした様子もなく、笑顔をこちらに向けてくれています。



「まあ、いいって事よ。夜遊びにしても、二人の関係は割と純粋プーラだと思っておりましたからね。床入りしていなかった理由も分かりました」



「それに気付くまでは、割と本気で誘惑していたのですけどね」



「あら、そうだったの? 二代続けて私生児でなくて良かったわ」



「本当ですね。危ういところでしたわ」



 口にはしてみましたが、本当に危うかったですわ。


 罪深い魔女が、更なる罪を重ねるところでしたし、それと気付いて本当に良かったと思います。


 結果、最上の上客を失う事となりましたが、それもまあ、止むを得ません。



(本当に、娼婦稼業、潮時なのかもしれませんね)



 二十年続けてきた娼婦の肩書を、そろそろ脱ぎ捨てる時が来たのかもしれません。


 フェルディナンド陛下以外にもまだ上客と呼べる客も幾人かいますが、時期としては丁度良いと思わなくもないですね。


 むしろ、問題なのは、まだ若いジュリエッタの方。


 ユリウス様という上客を失ったのは、こちらも同じですからね。



「ジュリエッタ、あなたも大丈夫?」



「はい、グローネ様、何の心配もいりません」



「そう。なら、もう多くは言いません。あなたの信じる道を生きなさい」



 生きる事はできる。


 しかし、生きるのであれば、“意味のある生き方”をしていたい。


 それを見出せるのかどうかは、人それぞれです。


 私はもう見つけていて、それに向かって突き進むだけです。


 ジュリエッタ、あなたもまた、それを早く見つけるのですよ。



「しかし、二人とも、損な生き方をしますね」



「そうでしょうか?」



「それこそ、部屋の中にいる朴念仁に飛びつけば、あるいは安楽な生活を望めたのかもしれないのに」



「グローネ様、それは違いますわよ」



「というと?」



「私は別に“楽”をしたいわけではありません。“楽しく”生きたいだけです」



 きっぱりと言い切る私に、グローネ様がニヤリと笑われました。



「あら~、陛下では魔女を満足させるのには不足だったかしら?」



「女としては幸せかもしれませんが、魔女としては退屈ですわね。予想の範疇を超えてくれませんので」



「未知こそ、魔女にとっての最大の娯楽ってところかしらね」



「はい。足取りを軽くする好奇心こそ、魔女の原動力でございますから」



「それじゃ陛下がフラれるのも、無理はありませんね」



 なにやら、妙に納得されたグローネ様は何度も頷かれました。


 そして、ドアノブに手をかけ、もう一度ニヤリと微笑む。



「では、部屋の中に腑抜けた二人に掣肘を加えてきますので、今宵はこれまでと致しましょう」



「はい。お二人がまだグダグダ言うようでしたら、むこうずね(・・・・・)を蹴飛ばしてあげてください」



「ふふふ……、そうさせてもらうわ。それじゃあ、お休み。良い夢も、悪い夢も、いずれ朝日と共に消え去るが定め。おやすみなさい、白い魔女と赤い少女」



 そして、部屋の中へと消えていったグローネ様。


 本当に蹴っ飛ばしそうな勢いでしたが、さてさてどうなる事やら。



「ねえ、ヴェル姉様、私、十九歳なのに、“少女”ですって!」



「いつまで経っても変わらないものよ。あなたの笑顔は、ね」



 実際、ジュリエッタは少し容姿が幼いですからね。


 それだけに、見た目と知性の深さの落差が、人気の秘訣にもなっております。


 それから少し歩いて王宮の中庭に出ますと、辺りはすっかり暗くなっていて、夜の闇が世界を覆っていました。


 満月より少し欠けたる夜空の支配者が、笑っているのか、泣いているのか、私達二人を優しく包み込んでくれています。



「ねえ、ヴェル姉様」



「なにかしら、ジュリエッタ」



「雨が、降って来ましたね」



「ええ、そうね。なんて湿っぽい満天の星空なのでしょうか」



 ああ、本当に歪んで見える。


 今まで見た事もない、湿っぽい夜空ですわね。


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