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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第11章 魔女の宴は華やかに
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11-53 別たれた道 (11)

 ジュリエッタが差し出した絶縁状の中身は、よもやまさかの思い出の品。


 少年と少女が誓った、『いつまでも なかよく いっしょに』の文字。


 在りし日の誓いは、今なお続いていたという訳ですか。



(カトリーナお婆様も、面白い趣向をなさる。こっそり二人を会わせていただなんて、意外でしたわ。……ん? これは?)



 ふとした閃きが私の頭をぎる。


 これはもしやと思い、ユリウス様の持つ手紙を摘まみ、千切ろうとしますが、まったく千切れない。


 紙切れ一枚、ビクともしない硬さ。



「これはまさか、【絶対遵守フィサティオーネ】!?」



 それはカトリーナお婆様の使う魔術。


 魔女の血をしみ込ませたインクで書かれた契約書は、たとえ“カミ”であっても破る事ができない魔力を付与させる事ができます。


 お婆様は交わした契約を絶対に破らせないため、ここぞという重要な契約はこれを用いてきたと言います。


 しかも、効果は“永続”であり、契約書の内容が履行されるまでは決して消えない。


 これがあるからこそ、お婆様は持ち前の巧みな話術や詐術を用いて契約を結び、その範囲内においては“絶対”になれたのです。



(なにしろ、世界の支配者である“雲上人セレスティアーレ”でさえ、一介の魔女に過ぎなかったお婆様は影響力を及ぼせたのですからね。その効力は本当に“絶対”なのです)



 そうなると、この目の前の契約書の意味は何か、となります。


 特に重要とは思えない、少年と少女の他愛無い誓いの文言。


 遊び半分でこんな誓いの書を書いたのか、それともおこの二人の繋がりが重要になると考え、早いうちに仲良くなるようにこんなものを書かせたのか。


 また妙な謎が飛び出して来ましたわね。



「ねえ、ジュリエッタ、お婆様はこの契約書について、何か言ってなかったかしら? 意味とか、なんとか」



「特には。あくまで、『二人はずっと仲良くしていなさい』としか」



「縛るにしても、この曖昧な条件の意味は……」



 まったく訳が分かりませんね。


 婚約と呼べるほどの強い文言でもなく、あくまで“仲良し”程度のもの。


 それこそ、「ずっとお友達でいよう」とも取れてしまう。


 それほどまでに、「いつまでも なかよく いっしょに」という曖昧さ。


 恋人や伴侶としても、あるいは友人としても、どちらでも通用する幅の広い文言。



(お婆様の事ですから、特に意味のない契約に魔術を用いるとも思えませんし、何よりアウディオラ様も同席していたのも気になる……)



 お婆様も元気な頃は、あちこち動き回っていましたからね。


 レオーネの言葉では、密かにネーレロッソ大公国にも趣き、手解きを受けていたとも言っていましたし、何かを仕込んでいたのでしょうね。


 それこそ、“神話の再現”に関わる何かを。



「で、ジュリエッタ、この契約書をユリウス様に託す意味は?」



「契約は守ります。ユリウス様とは、そうですね、『仲の良い友達でいましょう』とでも言っておきましょうか」



ふる(・・)時の、お約束の言葉ですね」



「これで、誓いを破る事にはなりませんので」



 どのみち、“絶対”を破る方法などないですからね。


 仲良しのまま(・・・・・・)身を引くのであれば、これが精いっぱいといったところでしょうか。


 恋愛ごっこ、仮想の恋人はこれにてしまい(・・・)


 朝日が昇れば、次の日がやって来て、昨日までの夢は終わる。


 目が覚めるとそこには、“別れた”という現実が横たわるだけ。



(そう、私にも、ジュリエッタにも、どちらにも、ね)



 私は甘える陛下を突き放した。


 アウディオラ様の双子であると知り、私に姉の温もりを求めてきましたが、思い切り蹴っ飛ばしましたとも。


 さっさと妻子の所へ戻れ、と。


 ジュリエッタにしても、「良いお友達でいましょう」ですからね。


 ユリウス様と互いに好き合っていたとしても、“絶対”による誓いがあったとしても、決して結ばれてはならない理由がある。



(身分、出自、政治に裏の事情、何事もままならない。本当に“自由リベルタ”とは、何よりも貴重な珠玉ですわね)



 世の中、思い通りにならない事が多すぎます。


 それをどうにか知恵で補おうとしましたが、どうにも世界はどうしようもない程に意地悪な性格をしているようです。


 あるいは、何もかもを諦め、忘れ、私とジュリエッタ、二人揃って目の前の二人に飛び込めば楽なのかもしれません。


 しかし、それは私の、それも“魔女”としての矜持が許さない。


 やりかけの宿題を放り投げる事、謎を謎のままで放置する事、それは知の探究者たる魔女にあるまじき姿勢であり、魔女として育ててくれた祖母への冒涜にもなる。



(だからこそ、止まれない、止まってはならない! 安易な妥協ではなく、苦難に満ちたいばら(・・・)の道を突き進んででも、私は掴みたい! 世界の真相を!)



 それこそ、魔女の正しき姿、大魔女の後継者としての維持であり、義務でもある。


 お婆様より託された謎、それを解かずしては安息など許されない。


 フェルディナンド陛下、ユリウス様、どうかそれを分かってくださいませ。



「ん~、なあ、ユリウスよ、どうやら今宵は二人揃って、女にフラれてしまったようだな!」



「そのようですな」



「ならば付き合え。強い酒でも煽ろうか」



「お供しましょう」



 そう言って、ユリウス様は受け取った契約書を懐の内に仕舞い込みました。


 誓いは忘れず、ただ胸の内に閉まっておく。そう言わんばかりに。


 そして、私とジュリエッタは丁寧に二人に拝礼し、部屋を出ていきました。


 もう“恋人”として会う事はない。これにて仕舞いの夜の遊び相手。


 夢はいずれ醒める。


 一夜の戯れは、朝日と共に消えゆくが定め。


 次に会う事があるとすれば、それは“男と女”ではなく、“君と臣”になりましょう。


 それが本来、正しい姿なのですから。


 そう自分に言い聞かせて、そっと扉を閉じました。


 互いに未練を残したまま。

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