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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第11章 魔女の宴は華やかに
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11-46 別たれた道 (4)

 フェルディナンド陛下に平手打ちを叩き込むという暴挙。


 ジュリエッタの向こう見ずな一面が出てしまいました。


 それだけ苛立っていたという事なのでしょうが、相手を考えますとあまりに浅慮。



「陛下、申し訳ございませんでした! ジュリエッタ、あなたもお詫び申し上げなさい!」



「謝る必要なんかないですよ、ヴェル姉様。立場を忘れ、責任を放棄し、民草を塗炭の苦しみに追い落とそうとする暴君、暗君であるならば、これくらいで丁度よいくらいです。何でしたら、もう一発いりますか?」



 ああ、ジュリエッタまで暴走し始めましたわね。


 これは止まらない、止められない。


 陛下も席を立ち、怒りと共にジュリエッタの心の内を表す炎のごとき赤毛に掴みかかろうとしましたが、そこはユリウス様が止めに入りました。


 繰り出された陛下の手首を掴み、髪を掴む寸前で阻止なさいました。


 そして、キッと一睨み。



「陛下、本当に暴君へと落ちられるのでしたらば、私は容赦なく反抗させていただきます。譲位などと言わず、簒奪を以て陛下に掣肘を加えさせていただくだけです!」



「ユリウス、お前……」



「母上の事を想っておいなのでしたらば、その思い出の地を汚すような真似は、厳に慎んでいただきたい!」



 いやはや、ここまで苛烈な一面がユリウス様の中にあろうとは、意外でした。


 これもまた、血筋なのかもしれませんね。


 普段は決して見せない一面を持つのは、大公家の性質なのかもしれません。


 名君と暴君の間で揺れ動くフェルディナンド陛下。


 仮面を被り、出自を偽り、闇の中に潜む髑髏の番犬アルベルト様。


 そして、優しさの中に強さを秘めたユリウス様。


 皆、例外なく魅力的で、それだけに踏み外された姿はとても悲しい。


 それを防ぐのが魔女たる私の務めだというのに、なんと未熟な事でありましょうか。


 年若いジュリエッタやユリウス様の方が、余程に足元をしっかりとさせているくらいです。



「陛下、我々《・・》の負けですわよ。ここは若い二人の勇気と義侠心に免じて、陛下御自身も今一度、自分自身を見つめ直すのが良いかと」



 まあ、陛下には良い薬でしょう。


 普段は従順な二人から、揃って反抗されたのですから、“異常”である事を感じるには丁度良い。


 そうまでしないと、気付けないのはいただけませんが。


 とはいえ、これで良かったですわね。


 まだ若干不満げではありますが、ため息を吐き出しつつ、席に座られました。


 若い二人もまた、無礼な態度を再び謝し、揃って頭を下げてから、こちらも席に着きました。


 見ていてヒヤヒヤしましたわ。特にジュリエッタの平手打ちは。



「まあ、結局のところ、こちらが動ける事でもないでしょう。ネーレロッソの魔女、レオーネでしたか、奴は最初から破壊と殺戮を目的として、“雲上人セレスティアーレ”に反旗を翻そうとしているのですが、こちらはそれに乗る必要もありますまい」



 ユリウス様のこれ以上にない太い釘が陛下に刺さりましたわね。


 譲位してでも自由となり、復讐に身を投じようとしたのですから、それを止めてくれただけでもありがたいですわ。



「では、ユリウスよ、このまま手をこまねいていろとでも?」



「はっきり言えば、『勝手にすれば?』としか言えません。母上の死の真相を知りたくはありますが、だからと言って国家の浮沈を軽々に天秤に乗せるわけにはいきますまい。実際に戦が始まるまでは、国内の鎮撫と戦力の増強、これに尽きるかと」



「まあ、個人的な意見を私が言うとさ、ヴェル姉様が連れて行かれるのだけは嫌だわ。いくら相手が法王だからって、勝手すぎる。それだけの力を持っているのは確かだけど、気に入らないわ」



 ここでジュリエッタが堂々と法王を批判。


 とても他人に聞かせる内容ではありませんが、魔女わたしと、復讐者へいかと、調停者ユリウスさましかいないからこその言葉ですわね。


 アルベルト様やディカブリオがいても、同じ感想になったでしょうが。



「まあ、こちらの唯一の手札は、魔女殿だわな。あれか、“女性の雲上人ドンナ・セレスティアーレ”の製造方法」



「それですわね。というか、孕んだ女性に更に種付けして、胎児の性質を上書きしようだなんて、カトリーナ婆様も随分とえげつない人体実験したもんね」



「しかも、自分の娘の腹を用いて、だからな。魔女の怖い一面が出たのだろうか?」



「ん~、あの人は身内には甘々ですからね。自分が苦労を背負い込んでも、家族にはあまり苦労をかけたがらない人だったわ。躾や教育は厳しくとも、いざともなれば必ず自分が前に出ていく。そういう人だった」



「その大魔女グランデ・ステレーガを以てしても、賭けの要素なしに“雲上人セレスティアーレ”と対峙するには無理があった、と言ったところなのだろうな」



 若い二人の考察はなかなかのもの。


 実際、私もその通りだと納得しております。


 フェルディナンド陛下も落ち着かれ、今は腕を組んで二人の言葉に耳を傾けております。


 ようやく議論を深める状態になりましたわ。



「んで、その賭けの要素が、孕んだ女性の上書きによる女児の出産。ただし、成功したのはヴェル姉様とアウディオラ様の双子だけが成功。あとは全て失敗、と」



「産まれてくる者は、ほぼすべてが“地上人の男児”で、女児として生まれたのはレオーネ以下数名のみ。“雲上人セレスティアーレ”の性質を持ち合わせた赤ん坊は生まれてこなかった」



「つまり、何かが欠けていた、って事ですよね?」



「カトリーナ殿、ヌイヴェル殿、謎の母君殿、イノテア家の女性にはその欠けた“何か”があり、その他の女性にはなかった。なんだ、それは……?」



 ここで議論は行き詰ってしまいます。


 おそらくは、お婆様が雲の上に送った遺言状に、“正しい製法”が記されていて、今現在、それを満たしているのが私だけだとの事です。


 法王聖下おにいさまも、私の事を“至宝”と言っておりましたからね。



「なんであろうかな?」



「考えられるものとしては、血筋か、あるいは魔術的な要因でしょうか?」



「もしくは、育ちか、それとも、職業柄か……」



「…………! 職業! ユリウス様、それだと思いますわ!」



「ん? 職業?」



「ええ、そうです! ヴェル姉様、カトリーナ婆様、名知らずのかか様、全員に共通していて、他の女性には当てはまらないもの! それは“魔女ステレーガ”にして“娼婦プッターナ”だという事です!」



 若さゆえの自由な閃き。


 仮説としては、なかなかに面白い話ですわね。


 ジュリエッタ、あなたもやはりお婆様の直弟子ですわね。


 魔女でなくとも、その思考は思いの外に深く、そして、広い。


 自慢の妹分ですわ。

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