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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第11章 魔女の宴は華やかに
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11-45 別たれた道 (3)

 図らずも、レオーネが求める戦力が一人、出来上がってしまいました。



(仮に、“雲上人セレスティアーレ”に対向しようとした場合、“言霊プネウマ”への耐性が必須。あれを食らえば、強制的に服従させられてしまいます。それに対抗するためには、神への、その代行者である“雲上人セレスティアーレ”への畏怖を消し去る事ですからね)



 実際、私やレオーネは法王聖下おにいさまの発した力ある言葉に、すんなり抵抗できました。


 “雲上人セレスティアーレ”への懐疑、あるいは復讐心が畏怖を打ち消し、命令を受け付けなかったのですから。


 神を騙る支配者からの鎖から解き放たれ、自由に闊歩する事ができます。



「それはいいのですが、戦士としてはより高みに至ったとは言え、為政者としては明らかな質の低下が見られます」



「知らんよ。罪に対して罰を以て報いて何が悪い?」



「裁判なしに刑を執行するのはどうかと……」



「裁判? 魔女狩りを煽って来た連中に、魔女が同情を示すのか?」



「同情ではなく、秩序の問題です。罪あらばそれを正し、法と理論を以て治めるのが、人としての道です。王としての道です。好き放題やっていては、国を治める事はできません」



「なら、国なんぞ、捨ててしまおうか」



「……は?」



 なんと言いましょうか、完全に吹っ切れてしまっています。


 フェルディナンド陛下から聡明さが失われていき、その体自体が一つの武器へと変じていくような、そんな気がしてなりません。


 許しておくまい、という報復の意思のみが刃となっていくかのように。



「なあ、ユリウスよ」



「何でしょうか、陛下?」



「お前、これからこの国の王様になれ。ジェノヴェーゼ大公位はお前に譲る」



「何を言い出すかと思えば……。陛下、いえ、叔父上、わがままも大概にしていただきたい!」



 普段温和なユリウス様が、珍しく声を荒げておりますわね。


 まあ、叫びたくなるのも無理はありません。


 陛下がどんどん“人間”ではなく、“武器”へと変わっていっているのですから。



「はっきりと申し上げましょう! やりたい事とやるべき事、それに分別を付けるのが“大人”なのです。陛下の仰り様は意のままにならないからとわがまま放題に申し立てる、駄々っ子と何ら変わりがありません!」



「それは弁えているつもりだ。結局、“雲上人セレスティアーレ”の力を抑え込まない事には、いつまで経っても本当の意味での平穏はないのだ。レオーネがあれこれ動いている事だし、これに乗らない手はあるまい?」



「なればなおの事、軽々に動くのは控えてください! 母の仇討ち、子としては嬉しく思いますし、その真相を探りたいとは思いますが、何十万、何百万という民の事をまず考えてください! 陛下がなのですよ!?」



「だからこそ、退くと言っているのだ。今の私より、お前の方が王に向いている」



「軽々しく大公位を退くなどと仰らないでいただきたい! 今日はジュリアス殿下の生誕の祝宴だというのに、大公家に家中に火種を生むような真似をなさらないでいただきたい!」



 これも、ユリウス様の方が正論。


 いきなり退位するなどと言っても混乱するだけですし、その理由を公にできないともなると猶更です。


 よもや、退位の理由が、“天に向かって唾を吐き、神に歯向かう咎人となるため”では、納得、あるいは理解される方などおりますまい。


 おまけに、陛下にはジュリアス殿下という嫡男もおされますし、それを差し置いてユリウス様に譲位なさるのは、本気で内紛を誘発しかねません。


 全力で止めねばなりませんね。



「陛下、私からも踏みとどまるように申し上げます。アウディオラ様の件は許しがたい事であると思いますが、まずは情報収集をなさってからにしてください」



「一人残らず根切り(・・・)すればよい話だ」



「ですが、『風来坊ヴァガボンド』の一派に代表されるように、改革を望まれる方々も雲の上にはおられるのですし、まずはその方々との連携を以て、事に当たられるのがスジ(・・)かと考えますが!?」



「それがどこにいる? 今この場にいないではないか。姿の見えぬ相手を頼りにする事など出来んよ。信じれるのは己の腕だけだ」



 実際陛下はお強いですからね。


 自信満々に言うのも頷けます。


 槍を手にした陛下は、文句無しの最強の戦士。


 以前、ヴォイヤー公爵の別邸での戦闘の際、アルベルト様の“黒い手”と共に、何百人に取り囲まれながら、見事にいなしておりましたから。


 あとは“言霊プネウマ”に対抗できるかどうかが鍵でしたが、それすら克服してしまいました。


 報復に動きたくてうずうずしているのが痛いくらいに分かりますが、大公位という立場がそれを許さない。


 自由に動き回るのには、あまりにも玉座の縛りが大き過ぎるのですから。


 嫌な空気がまた部屋中に満ちていくのを感じましたが、それがあっさりと吹き飛びました。



 パシィィィィィッ!



 突如として鳴り響く音。


 それはジュリエッタの放った平手打ち(・・・・)


 苛立ちの表情と共に、陛下の頬を張り倒してしまいました。



「…………!? ジュリエッタ、何を!?」



「躾の悪い駄々っ子(・・・・)には、これくらい必要ですよ、ヴェル姉様」



 容赦のない一言に、さすがの私も押し黙ってしまいました。


 仮にも、一介の娼婦が、ジェノヴェーゼ大公国の大公陛下を殴ったのです。


 その場でお手打ちにあっても、不思議ではない程の暴挙。


 実際、それを感じたからこそ、ユリウス様も目を見開いて驚き、そして、慌てて席を立って、ジュリエッタを陛下から引き離しました。



「ジュリエッタ、バカな真似を!」



「ヴェル姉様を困らせる阿呆・・の、目を覚まさせてあげただけですわ」



「だからと言って、やり過ぎだ、これは!」



「言って分からないのですから、頭に直接叩き込んだだけですわ!」



 そう言って、ジュリエッタはユリウス様を押しのけ、陛下の前に侍る。


 膝をつき、頭を垂れ、謝罪と拝礼を同時に行いました。



「陛下、お気に召さないのであれば、このまま私をお手打ちなさいませ。ただし、陛下はもう二度と“愛しい姉君の笑顔”を、拝む事ができなくなりますよ? それでもよろしければ、いかようにでもこの魔女の愚妹を|いたぶってくださいませ《・・・・・・・・・・・》」



 ジュリエッタも容赦のない言葉を発しますわね。


 ここらはやはり、カトリーナお婆様の薫陶を感じます。


 お婆様も責める時は容赦がありませんでしたからね。


 普段、お優しい分、怒らせると非常に怖い方でした。


 ジュリエッタもまた、お婆様の最後の直弟子として、その気質をしっかりと受け継いでいるようです。



(まあ、思慮に関してはお婆様ほど深くはありませんけどね)



 さすがに大公を殴り付けるような真似は、いくらなんでも浅慮に過ぎる。


 魔女わたしの笑顔、という人質があるにしても、せいぜい命綱になるかどうかというギリギリのもの。


 ああ、今宵は本当に胃が痛いですわ。

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