11-39 大公の姉君 (10)
「さて、これで全部、話すべき事は終わったかな」
そう言って、レオーネは脱いでいた頭巾の被り、醜くも恐ろしい顔を再び封印しました。
話を聞いている内に、感情移入してしまうほどに、その歪んだ顔は彼女の壊れた心そのものだということを思い知らされ、なんとも複雑な気分にさせられました。
家族を告発し、その火炙りの現場を見せられたのですから、正気を失っていても当然と言えば当然。
もし、私も家族が無残な目にあえば、正気を保っていられる保証などないのですから。
「待て、魔女レオーネ。今一つ聞いておきたい事がある」
席を立ち、退出しようとしたレオーネをフェルディナンド陛下が呼び止めました。
その表情からは話を聞く前の余裕の態度は一切見られず、やり場のない感情を無秩序に放出しているかのようでした。
こちらもこちらで、姉であるアウディオラ様の死についてあれこれ知ってしまったのですから、後戻りできない、するつもりもないのは明白。
厄介ですわね、普段理性的な分、タガが外れた陛下は。
「なんだい、大公さん? まだ聞きたい事でも?」
「一応のお前の主人であるネーレロッソ大公はどっちだ?」
「あ~、そう言えば、俺のご主人様については話してなかったな。アレサンドロ様はどちらでもない。強いて言えば、利になる方だ。為政者としては、むしろ当然だろ?」
鼻で笑うレオーネですが、それについては反論の余地はありません。
為政者、領主であるならば、まずもって国や領地を第一に考えて動かねばなりません。
勢力の衰亡は家門の破滅を意味する以上、何事にも慎重にあらねばなりません。
百年前の“ラキアートの動乱”においても、それが原因でマティアス陛下は実弟と親友に裏切られたのですから。
裏切った二人にしても、領地領民を第一に考えた結果、身内を売り飛ばすという卑劣な行為を肯定してしまったのです。
そうして冷徹な計算よりも、今のフェルディナンド陛下のように感情的になっているのは正直不安です。
やはり、姉君アウディオラ様についての事が、どうにも引っかかるようですわね。
「こちらの大公は、基本的には現状維持だが、隙あらば動くつもりでいる。そのために“銃”の量産に力を入れているからな」
「状況次第では、その銃口がこちらに向くと考えても?」
「ああ。軍事力を強化して、周辺勢力を押さえ付け、五大公の筆頭として権勢をほしいままにする。それが目標なんだそうだ」
「芸のない事だな」
「そういう大公さんはどうするつもりだい?」
「“雲上人”が姉上を殺したというのであれば、その仇討ちをするさ」
「お~、話の分かる人だな~。利益と打算だけで動くこちらの大公とは大違いだ」
そう言って、軽く拍手をするレオーネ。
“復讐”という点では、この二人の利害は一致していますからね。
「本来なら、ヌイヴェルを掻っ攫ってあれこれ調べて、後は“雲上人”との交渉材料にするつもりだったが、さすがにそれは虫が良すぎた。しかし、ジェノヴェーゼ大公がやる気になってくれた点は、十分な収穫だったな」
「それは何よりだ。ついでに“銃”と火薬とか言う燃える砂をこちらに流してくれれば完璧なのだがな」
「バカを言うな。あれは機密だ。そんな安売りはしないし、どうしても欲しけりゃ、そちらの魔女に頑張ってもらう事だな! じゃ~な~♪」
こちらを小馬鹿にしながら手を振り、レオーネは部屋を出ていってしまいました。
さすがに軍事上の機密をホイホイ渡すほど、こちらを信用も信頼もしてはくれませんね。
もちろん、私も彼女の事を信用してはいませんし、ある意味、おあいこですわね。
(しかし、彼女が遺していった情報の数々、精査する必要があるわね。今後の動きに影響が大き過ぎる)
特に、正体の知れなかった私の双子の姉妹が、アウディオラ様であったのは意外。
しかも、なぜそうなったのかも、結局はお婆様が墓まで持って行ってしまいました。
持っている情報から、手探りで真実に辿り着かねばなりませんが、どうにも秘密が多すぎます。
(どこかで、法王聖下以外の“雲上人”と接触せねばなりませんが、そう都合よく現れる存在もでありませんしね)
基本的に、雲の上の天宮に住んでいますから、地上に降りてくるのは稀。
しかし、私が産まれた頃の状況を知るには、当時を知る者の接触は必要不可欠。
それについては、目の前の双子の兄弟も見解を一致させているようです。
フェルディナンド陛下は立ったままで、アルベルト様は座ったままで、腕を組んで唸っております。
この二人にしても、私が先代大公の庶子だと知って、平静でいられない事でしょうね。
「好奇心は足取りを軽くしますが、ともすれば足元を掬われる。何事にも、油断なくあたりなさい。知識欲は魔女の原動力であると同時に、破滅に導く落とし穴でもあるのですから」
そんなカトリーナお婆様からの教えが頭に浮かんできました。
その好奇心、どんどん膨らんできましたわよ。
謎解き、秘密、どんな美食であっても真似できない、甘美な香りと味がしているのですから、食す以外の選択肢はありません。
お婆様の残した宿題は、私が完食しなくてはなりませんね!




