11-38 大公の姉君 (9)
「つまらんな~。結局、これもカトリーナの仕込みか」
わざとらしく大あくびをして、醜い顔立ちを再び覆面で覆うレオーネ。
そして、大仰に手を広げた。
「ここにいる四人、魔女と、大公と、番犬と、大熊、いずれ隠されていた真実を語って聞かせ、揺さぶろうかと思ってみたが、どうにも失敗だったな」
「そうかしら? あなたの話した裏の事情は、十分すぎるほどに衝撃的よ」
「それでも、互いを疑心暗鬼にする事は出来なかった。つまり、だ。お前らもまた、カトリーナの魔術に縛られているな?」
「ええ。ここにいる四名、お婆様の【絶対遵守】によって、結び付いている者ばかり。陛下の筆下ろしをした、その少し前だったかしら。お婆様の立ち合いの下で契約を結んだわ。『名を連ねし四名、互いを傷つけず、互いを裏切らず、常に協力せよ』とね」
これが我々の鋼の結束の理由であり、同時に“呪い”でもある。
事の発端は、フェルディナンド陛下とアルベルト様が“双子”で生まれてきた事に始まります。
双子は上流階級において相続でもめる事になるため、忌避される対象となり、片方を処分する事になる場合が多い。
しかし、それを不憫に思ったお二人の生母が、カトリーナお婆様に相談し、二人揃って生き永らえらせるように手を打ちました。
アルベルト様が死産であるかのように偽装し、出産に立ち会った関係者全員にアルベルト様が死産であったと証言するように偽証し、【絶対遵守】で確実に秘密が漏れ出ないように箝口令の契約を結びました。
しかも“自分だけ”その契約に加わらず、後になって故意に情報を拡散させる下地まで残すという悪辣さ。
私を始め、ごく少数が双子の秘密を知っているのはそのためです。
さらに戸籍を改竄して双子ではなく、妾腹の年子という事にしてプーセ子爵家に養子へ出す事で相続にも決着をつける。
また、大人になって野心が芽生えないよう、互いに殺し合う事のない様に私とディカブリオも交えて、『名を連ねし四名、互いを傷つけず、互いを裏切らず、常に協力せよ』と更なる契約を結びました。
【絶対遵守】の効力が続く限り、どんな離間の策も我々には通用しないのです。
(ここにアゾットもお婆様は加えましたけどね)
アゾット・ラケス兄妹に対して雇用契約にかこつけて、我が家に縛り付けるように【絶対遵守】を使いましたからね。
ディカブリオとラケスを結び付けて縛り、それに連座させる形でアゾットも縛る。
私がアゾットを重宝するのも、その医者としての腕前のみならず、契約によってしっかりと結ばれているからという点も大きい。
ここの四名ほどの固さはありませんが、十分すぎるほどに信頼は強固ですからね。
宴の席でアルベルト様の秘密をレオーネが暴露した際には、危うくこの二人を疑い掛けましたが、お婆様の契約の固さを再確認させていただきました。
秘密を知り得たのも、“読心”によるものですし、あの時は焦り過ぎましたわ。
まだまだ己の未熟を痛感する次第です。
「それで、レオーネ、あなたの目的はやはり養母の復讐かしら?」
「ああ、そうだよ。俺は“雲上人”を皆殺しにして、本当の意味での“自由”を手にするんだ。ロゼを殺したあいつらを絶対に許さん」
「魔女狩りで殺されたんでしょ?」
「単純じゃないんだよ、それほど。ロゼを魔女として告発したのは、俺自身だからな」
さすがに、この告白には私も驚きました。
酒造りの魔女ロゼを魔女裁判に告発したのはレオーネ自身。
拾って育ててくれた者を告発するなど、恩を仇で返す所業です。
理由は、なんとなしに分かりますけどね
「……それは、ロゼの意思ではないかしら?」
「その通りだ。本当のところは、数々の新技術や薬草やなんかの調合によって、新酒をいくつも作り出したロゼ。その利権を奪うために、魔女である事をでっち上げ、ロゼの醸造所を掠めようとしたんだよ、ヴィンテージ村の領主がな!」
「新酒の利権を奪おうとするとロゼが邪魔。ゆえに魔女であるとでっち上げ、処分する事で醸造所を掠め取る。しかし、そこは“嘘から出た真”。ロゼは本当に魔女だった」
「だから、ロゼは言い逃れが出来ない。酒造りの傍ら、禁域であるヌーフ川に立ち入り、アラアラート山から流れてくる棺船を物色していたからな」
「いずれ魔女として裁かれるのであれば、あなただけでも助けようと、無関係である事を強調するために、あなた自身がロゼを魔女として告発させた」
「あの段階では、助かる道はそれしかなかったからな。俺も魔女の手解きを受けていたがまだまだ幼く、未熟もいいところだ。逃げたところで捕まるし、自力で生きていくには生活力もなかった。だから、ロゼは自分を犠牲にして俺を生かしてくれた」
それは悲しい結末ですわね。
すでに魔女狩りの風習が下火になりつつある中で、なおも迷信深い地方の田舎村で起こった魔女裁判。
しかも、それはでっち上げで、ロゼの酒蔵を奪うためだけのいい加減なもの。
茶番である事を分かっていながら、領主には逆らえないレオーネや他の村人達。
最後はおそらく、自分が告発して、養母が火炙りにされる様を見届けたのでしょう。
拾った娘を助けるために、己の命すら捧げた魔女の、いえ、母の子を想う心。
それすら、醜い利権争いの果てに灰にしてしまうなど、嫌悪感しか湧いてきませんね。
「だがな、それも“雲上人”が唆した結果だというのも後に知った。“失敗作”の存在に気付き、始末しようとしたのだが、それよりもいざという時の道具として確保しようと動き、邪魔になりそうなロゼを魔女裁判にかこつけて殺したんだとさ!」
「それが“雲上人”に対する、あなたの殺意の源ですか」
「そうだよ! お前は見た事があるのか? 自分の恩人が火炙りにされる様を! 最後の瞬間まで笑って俺を見つめて、炎の中に消えていったんだぞ!? あの日から俺は復讐する事を決めた! 絶対に皆殺しにして、支配から解放されてやるとな!」
「なるほど。確かに、家族が目の前で火炙りとなれば、正気でいられる人間はいませんわね」
「そういうこった。俺はあの時から、とっくに壊れてるんだよ」
「法王にいきなり殺意をたっぷり込めて、“銃”を放ったのもそれが根幹にありましたか。攻撃的な性格や、“火薬”を始めとする発明品も、すべては復讐のためだと」
「まあな。……今な、ネーレロッソ大公国では“銃”の量産体制が確立しつつある。ズラッと並べて一斉発射すれば、“雲上人”とて恐れる事はない」
「ですが、あちらには“言霊”という切り札がありますよ? 動きを止められておしまいではありませんか?」
「だが、前の『処女喰い事件』の時に、俺自身が実際に“言霊”を食らうことで、それの特性は把握した。要は、畏怖を増幅させ、一種の催眠状態に陥らせるような術だ。ならば、教会や“雲上人”に恨みを持つ者だけで、部隊を編成すればいい。そうすれば、有難いご高説は耳には入らない」
合理的な判断です。
実際、あの場で“言霊”に抵抗できたのは、私とレオーネだけ。
あとは、父親に捨てられて呆然自失状態であったコジモだけ。
つまり、魔女でなくても、忘我状態になるレベルの怒りや絶望を抱えている者であれば、法王の“言霊”を無力化できるということでもあります。
一を知りて、十の対処を生み出す。
紛れもなく、レオーネもまた天才ですわね。




