11-33 大公の姉君 (4)
九年前、ジェノヴェーゼ大公国で起こった大公家の連続変死。その原因は“雲上人”の内部分裂にある。
私の扱いを巡り、意見が対立し、その一部が焦って事を仕損じ、血生臭い結果を生じさせた。
それがレオーネの見解でした。
(どこまで嘘か本当かは判断しかねますが、一応、筋は通っている)
それが現段階での私の判断。
今まで得てきた情報から整合しますと、“無くは無い”と言ったところでしょうか。
アルベルト様は仮面をしておりますので、どうお考えかは分かりませんが、フェルディナンド様は納得しかねるという表情。
“雲上人”の内紛に巻き込まれて、一門の多くを失ったのは許しがたい行為であり、憤るのには十分すぎる理由ですわね。
「……それで、お前が“身代わり”というのはどういう意味だ?」
「アウディオラが死んじまったから、急遽用意されたのが俺。俺は捨て子だったんだが、ヴィンテージ村に隠れ住む魔女に拾われてな。そこで育てられた」
「魔女に育てられたからこそ、魔女になったというわけか」
「いいや、復讐の為さ。俺を捨てたのは、“雲上人”だった。俺は父親が“雲上人”の地上人なのさ」
「なに!? では、ヌイヴェルと同じか!?」
「いいや、違う。俺はそこの白い魔女と違って、“雲上人”の特性を何一つ継承できなかった。ゆえに“失敗作”なんだよ」
これは驚きです。
レオーネも私と同じという事ですか。
話しが本当ならば、という条件付ではありますが、非常に興味深い。
“雲上人”の子供は、その特性を引き継ぐと聞いています。
私は特殊な立場ですが、白い肌などは外見的によく似ている。
魔術の保有数も三つと行かずとも、二つを持っているというのも大きい。
ある程度ではありますが、受け継いでいると判断しても良いでしょう。
しかし、レオーネはそうではない、と。
「なあ、ヌイヴェルよ、カトリーナはどうやって“女の雲上人”を作ったと思う?」
「いえ……、存じ上げませんが?」
「ククク……、実はな、地上の女を孕ませた状態にして、それに“雲上人”が追加で種付けすると出来上がるんだよ!」
「な……!」
今日一番の衝撃的な話です。
妊婦にさらに胤を植え付けて、特性を移すとは!
つまり、カトリーナお婆様は私の母にそれを強いたという事になります。
悍ましくもあり、恐ろしくもある、お婆様の隠れた素顔を見せ付けられたように感じました。
「なかなかの種明かしだろ? あの大魔女め、とんだ食わせ者だったんだよ! そんな誰も思いつかない方法で、神話の世界の話であった“女の雲上人”を作り出しちまったんだからな!」
「では、レオーネ、あなたもその方法で!?」
「だから、“失敗作”なんだよ。ヌイヴェル、その方法で成功したのはお前と失われた双子だけ。他は全部が失敗だった。わざわざ妊婦を“天の嫁取り”してきて、それに種付けする。これをどいつもこいつも試しやがった!」
「それでも生まれなかったと?」
「百や二百じゃ効かない数の妊婦が略取された。そして、生まれてきた赤子、そのどれもが“地上人の男児”だったんだ。男であること以外は、“雲上人”の特性を引き継がなかった失敗作だ」
「あなたは“女”みたいだけど?」
「ああ。俺は失敗作の中でも、数少ない“女”として生を受けた。結局、特性を引き継げなかったから捨てられた。ヌーフ川に流されてな」
ヌーフ川は“雲上人”が住まうアラアラート山を水源とする川で、聖なる河川であるとして地上人が立ち入る事を禁じています。
なにしろ、“雲上人”の葬儀の方法は“水葬”。
小舟に遺体を乗せ、川を伝って海に戻すというのが、古くからのしきたりであると聞いております。
川に流されたという事は、死んだも同然という事です。
「ところがな、俺は運良く拾われたんだよ。ヴィンテージ村に隠れ住んでいた魔女によってな」
「ヴィンテージ村はヌーフ川に近い。そして、魔女なら、禁域と知っていても、聖なる川に踏み込む好奇心には抗えないというわけですか」
「実際、俺を育ててくれた魔女はそうだった。禁忌を犯す事が、他の人よりも罪の意識がない。むしろ、知的好奇心を満たすために、禁忌と分かっていても禁域に踏み込んでしまう事すらある」
知的好奇心、探究心こそ、魔女の根幹を成す原動力ですからね。
私自身、知識欲が高いと思っておりますし、余計な事に首を突っ込んでしまうのも、魔女としての性分がそうさせてしまうのです。
「で、その魔女、名をロゼと言うのだが、カトリーナと親交があってな。それで色々と話を聞く事が出来た」
「ロゼですって!? “酒神の愛娘”の名で知られる女性の酒職人! 名前だけは知っていましたが、かの御仁も魔女でしたか!」
「ああ、そうさ。カトリーナ同様、散逸した魔女の知識を集めた隠者の魔女ロゼ。その知識を使って、新しい酒を作り出した。発酵中の酒に泡が生じるのを封じ込め、完成したのが“三変酒”。薬酒に改良を加え、様々な薬草や果実から成分を抽出して、混成酒を作った」
「今でもなお作られる酒の数々ですね」
「だが、ロゼは魔女狩りに捕まった」
「何ですって!?」
レオーネの言葉に私は衝撃を受けました。
“ラキアートの動乱”の際、改革派の残党狩り名目で始まった魔女狩り。
いつしか、魔術を使う者、魔術を使ったと疑われる者、その全てを捕縛し、拷問にかけ、火炙りにしてきた悪しき人間の歴史。
そのため、多くの魔女が殺され、その知識は失われてしまいました。
しかし、そのごく一部が生き残り、散逸した知識を集め直して、魔女である事を隠しながら復活の時を待った。
私の祖母カトリーナお婆様がまさにそれ。
表向きは娼婦や商売人として活動しながら、魔女の知識を活かして新商品を売り出し、財と名声を得ました。
そんな裏の顔を表に出せるようになったのは、まさに歴史上の転換期。
その中心にたのが、私であったと最近知りました。
なにしろ、お婆様は“絶対”の契約を以て、“雲上人”すら出し抜いてみせたのですから。
しかも、火炙りの対象である魔女の手の中に、未来の可能性がある。
教会は人々と扇動し、魔術を使う者を締め上げてきましたが、今度はその魔女が雲の上に大変革をもたらしてしまったのです。
(これが“魔女狩り”が廃れた理由。宗教的な情熱ではなく、あくまで支配者としての都合による扇動だったというわけです)
契約がある以上、お婆様から私を奪い去る事もできませんしね。
「しかし、それだと、なぜロゼ様は魔女狩りになど……」
「バカか。走っている馬車を、その場でピタリと止める事が出来ると思っているのか? 勢いの付いた車輪は、どこまでも転がっていく。教会の監視が生きやすい都市部ならまだしも、迷信深い僻地でいきなり魔女狩りが止まるとでも!?」
「…………! ああ、それもそうですわね。盲点でしたわ」
私は都会育ちですからね。
そのあたりの視点が抜け落ちておりました。
田舎に行くほど、迷信深い人間もまた多いものです。
人よりも自然と接する機会が多く、それだけにその見えざる何かに畏怖を覚える方が多いのですから。
自然と、迷信が深く信じ込まれてしまいます。
魔女狩りを止めろと言われても急に止む事もないという事ですね。
レオーネからすれば、理不尽に育ての親を奪われたにも等しい愚行。
魔女狩りを煽ったのも、自分が捨て子になったのも、すべて“雲上人”の一方的な都合によるものですからね。
『処女喰い』の事件の際、明確な殺意を以って法王聖下を攻撃したのも、そうした出来事の積み重ねというわけですか。
本当に、上も下も度し難いものですわね、人間というものは。




