11-30 大公の姉君 (1)
「俺の顔をこんな風にしたのは“アウディオラ”」
レオーネからの言葉は私を驚かせました。
それ以上に、フェルディナンド陛下を驚かせました。
なにしろ、“アウディオラ”とは、九年前に亡くなった陛下の姉君の事なのですから。
「あ、姉上がお前の顔を!?」
「そうだ。計画のために、どうしても“身代わり”が必要だったんだよ」
「計画!? 身代わり!? なんだ、それは!?」
「タダで教えるわけねえだろ、ばぁ~か!」
レオーネも当然、有益そうな情報にはふっかけてきますね。
商売としてはそれが正しい。
高値で売れそうなものを高値で売るのは、当然です。
「何が必要だ!? いくらなら売る!?」
「陛下、前のめりにならないでください。交渉はもっと冷静に」
「冷静になど、なっていられるか! 姉上の死の真相が、目の前に転がっているのやもしれんのだぞ!」
完全に取り乱し、普段らしからぬ陛下が現れてしまいましたね。
普段は常に余裕と威厳の態度を見せる方ですが、やはり“姉”に関する事にはいてもたってもいられないと言う訳ですか。
まあ、この方もかなりの姉上至上主義ですからね。
幼い頃はアウディオラ様にべったりで、その点では我が家のディカブリオとそっくりでしたもの。
(何より、九年前の“事件”は謎が多い。それを知りたいのは私も同じです)
今より九年前、大公家の一族や縁者が次々と不可解な連続死が発生しました。
その中には、先代の大公陛下やアウディオラ様も含まれており、揃って事故や原因不明の病でお亡くなりになったのです。
アウディオラ様も夫のルーポゥ様とお出かけになられ、その旅先で事故に遭われてお亡くなりになりました。
その遺児であるユリウス様を何かと可愛がっておられるのも、姉君の忘れ形見であるからという点も大きい。
(あの頃の連続死が事故や偶然ではなく、事件であればその裏を探るのは当然。しかし、レオーネの言葉を真に受けるのも危うい)
とにかく、レオーネはジェノヴェーゼ大公国、そして、“雲上人”に対する深い執着があるのは間違いありません。
私の身を捕獲しようとしたり、あるいは不穏分子を焚きつけて陛下を亡き者にしようとしたり、色々と企てていましたからね。
そして、それは今も変わっていない。
失った顔が、恨みを忘れさせず、むしろ補完さえしているのですから。
「でだ、大公さんよ。俺が知る限りの事を話してもいいが、そのための条件を3つほど提示したい。それを呑んでくれるのであれば、話してやるよ」
「その条件とは?」
「まず、場所移動。ここじゃ人目が付き過ぎて、密議が出来ん」
「よかろう。すぐにでも部屋を用意する」
「んで、その密議に参加する顔触れだが、俺、あんた、そこの魔女、それから髑髏の番犬と熊男爵の五名だ。そして、その場では得た情報は絶対に口外しない事」
「それは良いのだが……、 ネーレロッソ側は参加しないのか?」
「ああ。こちらの大公様とは、事前に了承済みだ」
不敵に言い放つレオーネですが、やはり油断なりませんね。
こうなる事も織り込み済みで、すでに話をつけていたのは驚きです。
(と言うか、今、名の上がった五人だと、全員がアウディオラ様、もしくはカトリーナお婆様の血縁者という事になりますか)
まあ、レオーネが私の双子という点は仮説の域を出ませんし、その可能性も下がってきていますが、完全に否定されたわけでもない。
何しろ、顔で判別できず、そうかといって“お肌の触れ合い”も拒絶されましたからね。
「そして、最後の条件だ。九年前のジェノヴェーゼ大公家の連続変死に関する事だが、話を聞いて気が変わったとかで、攻撃、捕縛されてもかなわん。つまり、最後の条件、“俺に手を出さない”だ。それを確約するか?」
「ほう……。では、姉上を事故に見せかけて殺したのは貴様か!?」
「クククッ……、そんなに気になるか? ん? 気になるか?」
「ネーレロッソの魔女よ、あまり私を怒らせるなよ」
ビキッ、という破裂音と共に、フェルディナンド陛下が握り拳を作り、レオーネに殴りかかろうとしました。
私は素早く割って入り、陛下の暴走を止めましたが、その熱量は凄まじい。
まるで鍛冶場の炉の前に立っているかのような感覚です。
「陛下、落ち着いてください!」
「そうだぞ~。魔女の言う事はちゃんと耳に入れておけ~」
「レオーネも挑発的な態度は止めていただけませんか。話が進みません」
「へいへい。あんたも陛下のおもりで忙しないね~」
ああ、いちいち胃に痛いですわね。
レオーネの挑発が的確に陛下の精神を抉って来ますので、抑える方も大変です。
「ま、大公さんは表面的にはともかく、未だに姉離れが出来ていないボンクラだってこった」
「貴様!」
「陛下、落ち着いてください!」
抑えるこちらも一苦労ですわね。
口八丁こそ、魔女の最大の武器だというのに、完全に呑まれてしまっています。
普段の理性的な陛下は、どこへ行ってしまわれのでしょうかと問い質したくもなります。
と、そこへアルベルト様が駆け寄って来て、陛下を止めてくれました。
「手間をかけるのは、程々にしていただきたい。止めるこちらの身にもなってほしいものですな」
「アルベルト、お前……!」
「レオーネ、あまり挑発せんでくれ。話が進まん」
「はいはい。それじゃ、条件は呑むという事でいいな?」
フェルディナンド陛下はまだ納得しかねるという顔をしていますが、私とアルベルト様が無言で頷き、“了”を示した事で、その場はどうにか収まりがつきました。
そして、約束通り、私、フェルディナンド陛下、アルベルト様、ディカブリオ、レオーネの五名は広間を後にし、密談を交わせる部屋へと移動。
(さて、何が飛び出してくるのやら)
一つ謎が解ければ、また別の謎が飛び出す。
本来はジュリアス殿下の誕生日を祝う宴でしたのに、とんだ騒動に巻き込まれてしまいましたわね。
しかし、その謎を追いかけるのも、知の探究者である魔女の生業であり、カトリーナお婆様の後釜である私の役目。
手を抜く事など、有り得ませんわ。




