11ー29 魔女の素顔 後編
ようやく晒されたレオーネの素顔、それは“何もなし”でした。
鼻は削がれでもしたのか、形がなくなっていました。
唇も削ぎ落されているのか、歯が剥き出し。
瑞々しい肌など一切なく、完全に焼けただれた痕ばかり。
おまけに、毛髪まで一切なし。
何もかもだ削がれるなり焼かれるなどして、失われていました。
(これはマリアンヌと同じ!? いえ、それ以上! というより、これは自分の意志で顔を潰したとしか思えないほどに徹底されている!)
素顔を拝めば何かが分かると思いましたが、それは浅はかでした。
その可能性は、事前に潰されていました。
本来の顔を暴かれるのが、それほどまでに問題だという事も証左でありましょうが、その素顔を拝めないのであれば秘密は守られる。
では、その秘密とはなにか?
それを覗き込む事はできませんでした。
「だから言ったろ? 見るもんじゃないし、見ても不快になるだけだ」
レオーネの言葉には、圧倒的な説得力があります。
この顔を見て、顔をしかめない者など、ほとんどおりませんからね。
「しかし、あれだな。ヌイヴェルに、おまけにジェノヴェーゼ大公、顔色一つ変えないのはさすがだ。その点だけは褒めてやるよ。他の有象無象とは格が違う」
レオーネが舐め回すように周囲を見回すと、思わず顔を背ける者ばかり。
この顔を表情を一切変えずに直視するのは、なかなかに難しい事でしょう。
見たところ、平然としているのは数名くらいなものです。
「義理の姉を笑う事も、恐れる事もないからな。不快には思わんよ」
フェルディナンド陛下の意見には、私も無言で頷きました。
レオーネの顔を拒絶する事は、似たような顔を持つ幼馴染みを否定することにもなりますからね。
陛下にしても、マリアンヌは義理の姉でもありますし、同じ考えなのでしょう。
まあ、私や陛下が特別なのであって、顔が潰れたレオーネやマリアンヌの顔を直視できるのは、本当に稀ですからね。
が、陛下はここで更に踏み込まれました。
そっと手を出し、レオーネの頬を手を添えたのです。
「おいおい、大公よ。乙女の柔肌に断りもなく触れるのは、かな〜り失礼だと思うが?」
「念の為、だ。魔女は“化粧”が得意だからな」
流石は陛下。
見た目に騙されず、ちゃんと本物かどうかの確認を取りましたか。
「…………、化粧ではないな。本当に地肌を焼いている」
化粧ならば、手触りが違いますし、少し擦れば落ちますからね。
つまり、本当にこれがレオーネの素顔というわけです。
(ここから秘密を暴ければ良かったのですが、手詰まりですわね。見た目だけで双子かどうかの判別は不可能!)
ならばと、さり気なく手を出し、レオーネに触れようとしましたが、サッと身を引いた上に、また道化師の頭巾を被ってしまいました。
「病気が伝染るだろうが。あばずれって病気がな」
「否定はしませんが、あなたも同じでは?」
「あいにく、俺は“乙女”でな。お前と違って純潔なんだよ」
「あら。ネーレロッソ大公の愛人がどうこうと言っておりましたので、そう言う関係なのかと思っていましたわ」
「愛人にも、色々と楽しみ方ってもんがあるだろうが。お前ら二人みたいに、肌に触れ合わないお付き合いってのもある」
それは正しい。
私とフェルディナンド陛下は愛人関係とも言えますが、同衾する事はありませんからね。
誘ってはいるのですが、陛下はその気がないのか、筆下ろしの一回以降は、指一本触れておりませんからね。
飲んで、愚痴を聞いて、将棋に興じ、時に政治の話に華を咲かせる。
そういう関係です。
レオーネもまた、それなのでしょう。
(まあ、あの顔では抱きたいと思う殿方は、いないのでしょうね。ゴスラー様が特殊過ぎます)
ゴスラー様はマリアンヌを迎え入れるにあたって、“顔”の事は気にされませんでしたからね。
容姿や出自ではなく、心意気に惚れて伴侶になったのですから。
ほんと、色々と例外だらけですわね、あの夫婦は。
「ねえ、レオーネ、一つ聞いて良いかしら?」
「何についてだ?」
「その顔、なぜ潰したの?」
「潰した? 馬鹿を言うな。潰したんじゃない、潰されたんだよ」
「…………!? その顔はあなたの意思でそうなったのでないの!?」
「こんな顔にわざわざ作り変えるバカがいるかよ!」
声色から、激高しているのが分かりますね。
本当に恨んでいる、怒りをたぎらせた声、そして、震える握り拳。
「ちなみにな、俺の顔をこんな風に変えた奴の名前、教えてやろうか?」
「教えてくれるのであれば、伺いましょう」
そのまま信じる気にもなれませんが、何かしらの情報を得られるという期待もあります。
しかし、レオーネは私から視線を逸らし、すぐ近くのフェルディナンド陛下に向く。
そして、思わぬ名前がその口から飛び出しました。
「俺の顔をこんな風に変えたのは“アウディオラ”だ。知ってんだろ、大公?」
その瞬間から、陛下の顔色は変わった。
愕然、絶望、それだけを塗り固めたような顔に。
それもそのはず。
アウディオラ、それは九年前に亡くなった、陛下の姉君の名前なのですから。




