11-22 常道を逸れて (後編)
まずは兵士を前進させ、斜めに動く僧正の道を開けるのが、将棋における初手の常道。
しかし、ジュリエッタもレオーネも、まず騎士を動かすという奇手。
どちらも変則的な打ち方ですし、勝負がこじれそうな予感です。
(白、騎士f3とジュリエッタが打ち、対するレオーネは)黒、騎士f6で返す。さて、ここからは……)
どう動くか考えております内に、ジュリエッタが素早く動きました。
コツンッ!
「…………!? 白、兵士c4!」
またしても、僧正の道を開けない一手。
ジュリエッタは奇手一辺倒で戦う気なのかもしれません。
コツンッ!
「!?!?!? く、黒、兵士g6!」
レオーネは僧正の通り道を開けましたが、端側への道。
盤面中央は手付かず。
(この動き……。徐々に戦線を押し上げていく気ね、どちらも)
僅か二手ずつしか動かしていませんが、長丁場になりそうな予感がしてきました。
コツンッ!
「…………! 白、騎士c3!」
ここでさらに騎士を動かし、両翼の騎士が前線へ。
騎士の変則的な動きを以て、主導権を握る腹積もりのようです。
コツンッ!
「黒、僧正g7!」
軽く前進して、僧正の道が出来ましたわね。
f6に騎士がいますので、まだ塞がったままですが、騎士を前進させると同時に、僧正の道を開ける二段構えね。
コツンッ!
「白、兵士d4」
ジュリエッタもそれに合わせて、兵士を前進させ、黒g7僧正の道を塞ぎます。
その兵士は最初に動かしたf3騎士の範囲内。
同時に僧正の道も開きました。
やはり徐々に押し上げてきましたわね。
コツンッ! コツンッ!
「…………!? 王の入城! 黒、城兵はf8へ、王様はg8へ!」
将棋の特殊ルール、“王の入城”。
一手で王様と城兵の位置を変える技巧です。
(騎士と僧正が出払い、満を持して王様を城の中へと移す。これで一気に固くなった!)
やはり、レオーネの狙いは、防御を固めた上での持久戦のようですね。
長丁場になりそうとは思いましたが、こうも徹底してくるとは恐ろしい。
コツンッ!
「白、僧正f4!」
空いた道から僧正が前線へ躍り出る。
僧正に加え、騎士二体も効いて来て、ジュリエッタの白軍が盤面中央を支配しつつある。
これに対して、レオーネはどう受けるか。
コツンッ!
「黒、兵士d5!」
女王の前進のため、兵士をまず露払いとして突貫。
同時に、もう一つの僧正の道も空きました。
まだ序盤だというのに、ハラハラする展開ですわね。
最序盤の奇手も、振り返ってみれば、盤面中央に戦力を集中させる手段の一つ。
やはり、どちらも確かな腕前ですわね。
そして、そこからは怒涛の素早い展開が繰り広げられました。
「白、女王b3!」
「黒、兵士c4で、白の兵士、消失!」
「白、女王c4で、黒の兵士、消失!」
「黒、兵士c6!」
「白、兵士e4!」
「黒、騎士d7!」
「白、城兵d1!」
「黒、騎士b6!」
ここで、レオーネ(黒)がジュリエッタ(白)の女王の首を取るべく、騎士を寄せてきましたわね。
(将棋の鉄則の一つ、“女王は迂闊に動かすな”ですわね。女王は前後左右斜めを縦横無尽に移動できる、圧倒的な機動力を有する駒。しかし、その機動力が仇となり、下手に突っ込ませると、あっさり討ち取られてしまう脆さがある。ゆえに、女王はここぞという時期まで待機させておくのが常道!)
しかし、今日のジュリエッタは奇手に奇手を重ねる、らしくない打ち筋。
まだ中盤にも差し掛かっていないというのに、積極的に女王を前に出しています。
とことん攻めの姿勢のジュリエッタ。
王の入城で防御を固めつつ、相手の動きに合わせてジワジワ動くレオーネ。
さて、女王を取られるわけにもいきませんが、前線で方々ににらみを利かせられるのも女王の強み。
道さえ開いていれば、盤面を支配できるのが、女王なのですから。
コツンッ!
「白、女王c5」
ジュリエッタ、なお引かず、頑なに前進し、騎士の攻撃をかわす。
とことん攻めの姿勢で、これを崩さない。
コツンッ!
「黒、僧正g4!」
レオーネも攻めてきますね。
しかし、どちらもまだまだ駒が多い。
攻めの応酬、どう出るか。
「白、僧正g5!」
「黒、騎士a4!」
「白、女王a3!」
攻め偏重のジュリエッタが、初めて駒を下げた。
女王を執拗に狙う騎士を始末しに、動いたといったところでしょうか。
カチンッ! コツンッ!
「黒、騎士c3で、白の騎士、消失!」
「白、兵士c3で、黒の騎士、消失!」
「黒、騎士e4で、白の兵士、消失!」
盤面が動く。
ジュリエッタが支配的であった盤面中央に、一気にレオーネが切り込んできます。
しかし、ジュリエッタもまた大胆な一手に出る。
カチンッ! コツンッ!
「白、僧正e7で、黒の兵士、消失!」
上手い。僧正を一気に敵陣深くに突っ込ませ、黒側のd8女王とf8城兵の両取りに陣取る。
しかも、僧正には女王の道が開いているので、取ることはできない。
コチンッ!
「黒、女王b6!」
ようやく始めて動いたレオーネの女王は逃げ。
当然ではありますが、互いの女王がにらみ合う展開。
コチンッ!
「白、僧正c4!」
「黒、騎士c3で、白の兵士、消失!」
「白、僧正c5!」
ジュリエッタは二体の僧正で、レオーネの女王を狩りに来ていますね。
しかも、自分の女王も睨みを利かせられる位置。
これに、レオーネはどう受けるか。
コチンッ!
「…………! 黒、城兵e8で、王手!」
初王手はレオーネが取りましたか。
しかし、これはなかなかどうして、巧みですね。
(見ようによっては、女王に敵戦力を群がらせ、ど真ん中に道を作り、城兵の通り道を作ったとも言える。現に、盤面中央はがら空き)
とは言え、王手と言っても、そのまま詰めれる状況ではありません。
ジュリエッタにしても、逃げ道はいくらでもあるのですから。
コツンッ!
「白、王様f1!」
当然、軽く避けておしまい。
さあ、レオーネ、なけなしの王手では、自軍の女王を救う事が出来ませんわよ。
「……勝ったな」
いきなりのレオーネの呟き。
そして、意外過ぎる一手。
コチンッ!
「…………!? 黒、僧正e6!」
まさかの、下げたのは女王ではなく、僧正でした。
つまり、黒のb6女王は討死確定。
次のジュリエッタの手番で、c5僧正を動かせば、女王の首を取る事が出来ます。
(バカな!? この状況で“女王の生贄”ですって!?)
“女王の生贄”は将棋で用いられる技の一つ。
最強の駒である女王で相手を釣り出し、わざと討ち取らせる事によって、有利な状況を作り出す技です。
しかし、危険も大きい。
最強の駒を生贄に捧げるという事は、それ以上の、それこそ“詰みの一手”への道が確定している時でなければ、まずやらない手です。
しかし、レオーネはこの盤面で、“女王の生贄”を用いました。
(つまり、レオーネには、もう勝ち筋が見えている!?)
まだ状況としては中盤。
それでもなお、レオーネには見えている。
私には見えない、その勝利への道が。




