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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第2章 名医になる予定の男
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2-8 魔女の館

「わ~、速い、速い!」



 邸宅への移動は馬車にしましたので、車内でラケスが大はしゃぎしております。


 馬車は二頭立ての大型馬車キャリッジ。専用の御者とファルス男爵家の家門入りの設えになっており、貧民街を走る姿は異様と言えば異様でございましょう。


 実際、車窓からの人々の視線は奇異そのもの。なんで御貴族様の馬車がこんなところに、と書いてありますね、どの顔にも。


 なお、四人乗りの馬車なのですが、一名、“熊男爵ディカブリオ”はかなりの巨躯でありますので、実質二人分の席を占有しております。


 代わりに仔猫ラケスはその膝に座しており、その上でキャッキャキャッキャと大はしゃぎ。


 実に楽しそうで、微笑ましい光景です。


 なお、兄のアゾットは恐縮のしっぱなしで、身を縮めておりますが。



「なんじゃ、アゾット。妹の方はすっかり解れておるというのに、お前の方はガッチリ固まってしまいおって」



「まあ、何と言いますか、貴族にお仕えすると言う事は、“中心街チェントロチッタ”に行くという事ですし、さすがに緊張します」



「あ~、そっちには行かん。“中心街チェントロチッタ”に屋敷を構えておるのはディカブリオの方で、私の邸宅は一般居住区の富裕層が暮らしている区画よ。そちらの方が、花街に出かけるのには近場でな」



「あ、そうだったのですか!」



「そちらにもその内、案内してやろう。そちらで働く場合もあるからのう」



 爵位のある貴族の特権の一つとして、“中心街チェントロチッタ”での居住権というものがあります。


 要は上流階級のみが住む事が出来ます場所で、これはどれほどの富豪が金銭を積もうが、絶対に曲げられない規則なのでございます。


 その条件は“血統”。


 歴史を紐解きますれば、その昔、神がこの地上をお造りになり、人間を作って住まわせました。


 ところが、神の言いつけを守らず、次第に好き放題に暮らす者が現れ、地上は荒れ放題。悪魔の微笑む時代となったのです。


 しかし、そんな中にあって百名の信心深い集団が、神の教えを遵守し、清く正しい生活を守り抜きました。


 その振る舞いに神はいたく感動し、その百名に祝福を与え、子々孫々に至るまでの繁栄を約し、逆にその他大勢の無頼漢には、長き苦渋を味わうように呪いをかけてしまわれました。


 今ある貴族はその百名の末裔を称していまして、それが現在まで続く“貴族”と“庶民”の大いなる隔たりというわけです。


 そのため、貴族の間では“血統”が重視され、どれだけ大きな財を築こうが、貴種の血統を引かぬ者は下賤な存在として蔑視する者が多くいます。


 数十年前に起こりました宗教改革により、その傾向は薄れつつありますが、まだまだ道半ばといったところ。


 ちなみに、我がイノテア家がファルス男爵の称号を得ましたのも、ディカブリオの父がイノテア家に“婿養子”として入ってきたからでございます。


 叔父はとある伯爵家の次男坊であり、本来は爵位を得る立場にありませんでしたが、お婆様の働きかけでイノテア家への婿入りと男爵号の授与が成され、私もおこぼれ的にファルス男爵家の一門となったわけでございます。


 庶民の家が貴族の家門に変じるのは極めて珍しく、それだけに伝統第一(・・・・)の一部の貴族からは、我が家は煙たがられております。



(まあ、それを飛び越えて、陛下から裏仕事を受けて、しっかりとした足場作りに奔走しているわけですからね)



 お婆様の人脈ありと言えども、所詮私の家は“成り上がり”。


 明確な力や立場を見せ付けておかねば、すぐに無粋な横槍が飛んで来るのでございます。


 まして、私は“娼婦”でございますから、なおの事、嫌われております。



(今はまだお婆様がご存命ですので睨みを利かせてくれておりますが、それとてもう長くはない。私が魔女の名を引き継ぎ、迂闊に手出しできないと思わせなくては)



 この考えが常に頭の中に蠢いております。


 アゾットやラケスをわざわざ引き入れましたのも、仕える手駒、有益な魔術、そうしたものを一つでも確保していきたいという思惑からです。



「ほれ、そうこうしている内に、館に着きましたよ」



 目の前に見えてきました私の邸宅を見て、兄妹は目を丸くして驚いていますね。


 まあ、大きさ的には先程の集合住宅インスーラとそれほど変わりませんが、外観の立派さ、何よりこれが“個人宅”という事が、信じられないようです。


 白亜の豪邸など、貧民街ではまず目にすることはないでしょうからね。


 まあ、本当に住む世界が違ったわけですから、別世界の文化的衝撃ショッククルトラーレは相当なものでしょう。


 ここで暮らすようになれば、もっともっと驚くでありましょうが。



「我がイノテア家は元々、漁業で財を成した家系でな。一昔前までは、男も女も揃って海に出ておった。それから、“ヴォンゴラ”の人工養殖にいち早く成功し、一気に栄えたそうよ。身を食べてよし、特に“ハマグリのパスタ(ヴォンゴレ・ビアンゴ)”は最高じゃて。貝殻も“漆喰”の材料になりますからね」



 そう言って、私は馬車についていました紋章レリーフを指さしました。


 それは『空飛ぶハマグリ』といった感じでありましょうか。


 蝶をハマグリの貝殻にしたような紋章で、これがイノテア家の家紋として代々引き継がれてきました。


 財を成す切っ掛けになりましたハマグリを、今でも特別視している名残です。


 ファルス男爵号を得てからも、この家紋はそのまま流用されております。



「ああ、この家紋には、そういう意味があったのですか」



「そして、当家の女は代々業突く張りでしてね。漁に際しての風待ち、波待ちの時も余暇が勿体ないからと、よその漁師相手に春を売っていたのよ」



 それが我が家の売春稼業の始まりでもありますけどね。


 かつては漁師や行商相手に春を売り、今や高級娼館を設えて、御貴族様や大店の店主相手に銭儲けをさせていただいております。


 我がイノテア家にも、それなりの歴史があるのでございますよ。


 なお、“売春”の話が出たので、さすがにアゾットがしかめっ面になりました。


 いかんいかん。子供ラケスの前でするべき話ではありませんでしたね。


 あと、なぜかディカブリオも睨んでまいりました。



「姉上、一応申し上げておきますが、“貝合わせ”は止めてくださいね」



「やらん、やらん!」



「お願いいたしますよ。なにしろ、姉上には女の子に手を出した“前科”がありますので」



「あれは仕事じゃ、仕事! 金子を積まれた上に、“お前の父母”が強引に斡旋してきて、やむなく受けただけじゃ!」



「……本当に勘弁してくださいね。とにかく、今後ともそういう話は一切なしでお願いします。ラケスにはまだ早すぎます」



「分かっておる、分かっておるわ!」



 何を言い出すかと思えば、この熊男爵め。


 仔猫ラケス相手に、そんな事するわけなかろうて。


 なにしろ、もうこの子には“予約”が入っておりますからね。


 それまでは大事に育てますとも。



「さあさあ、二人とも入るが良い。魔女の館へご案内じゃ」



 そして、二人を館の中へと招き入れました。


 魔女の館、本当でございますよ。見習いの私とは比べ物にならない、本物の魔女がいらっしゃるのですから。


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