11-16 対決! 魔女vs死神 (3)
並べられた駒を、一撃の下に倒せ。
盤上に並べられた将棋の駒は、全部で三十二体。
レオーネはそれを一撃で全て倒せるのだと言う。
そして、アルベルト様の手には投石機の玩具と、砲弾代わりのクルミの実があります。
それを持ちながら、机の上にある駒を眺めながらグルグル。
(命中すれば、確実に倒せるだけの威力がある。しかし、三十二体全てを倒すとなると、砲弾一つでは足りない)
先程アルベルト様が試射されましたが、通常の投石機同様、放物線を描きながら砲弾が飛ぶだけ。
直線で飛ぶため、すべてを巻き込むには狭すぎる。
しかし、レオーネは可能であると、自信満々です。
つまり、確実に全てを倒せる方法はあるという事です。
(いえ、これはもしや……)
私はある事を閃きました。
その方法を使えば、確かに駒全てを一撃で倒せる方法です。
それに気付いた時、してやられたと感じました。
「アルベルト様!」
思わず叫んでしまった私。
後先を考えない迂闊な行動でした。
皆の視線が私に注がれましたが、口を紡がざるを得ません。
「おいおい、ジェノヴェーゼの魔女よ、助太刀はダメだぜ。お前の相方が無様に負けを晒す姿を、じっくりその場で眺めてな!」
レオーネからの嫌味が飛び、窘められる。
当然ですわね。今は決闘の最中なのですから、横槍は厳禁。
アルベルト様の名誉にかかわる事ですので、引き下がらざるを得ません。
「ククク……、ジェノヴェーゼの白い魔女よ、どうやら一撃で倒す方法を見出したようだな。だが、動くなよ、喋るなよ。それでは面白くない」
「…………」
「やはり、ジェノヴェーゼの連中は温いなぁ~。魔女の智恵と、死神の闇討ち、両方が揃ってようやく俺と同等ってところか。大した事ないな。分けて対処してしまえば、どうという事はない」
余裕の態度のレオーネ。
確かに前回戦った時も、法王聖下の横槍がなければ危うかったですからね。
どうやら、私もそれを勘違いしていて、レオーネの実力を低く見積もっていたのかもしれません。
攻撃に特化した魔女ではなく、攻撃が得意であっても、全般的に知恵の回る存在である事を、見落としていたのです。
事実、あの時、ヴォイヤー公爵家の屋敷に兵力を想定以上に集中させていた事を、実際に屋敷に踏み込むまで気付けませんでしたしね。
(お願いです、アルベルト様! 気付いてください! 魔女の最大の武器は、他者を惑わす“口先”にこそある、と!)
方法を探し、なおもグルグル回りながら、時折止まっては考えるアルベルト様。
あの姿は完全に魔女の術中に落ちてしまっています。
このままではマズいと思いながらも、助言を出せないもどかしさ。
戦力を分散させるのは、戦の常道。
各個撃破は、効率よく敵を倒すための作戦なのです。
まんまと分断され、魔女と、死神を、分けて倒そうとしています。
“死”に直結させるのではなく、“名”を汚す。
アルベルト様は死神。ジェノヴェーゼ大公国の暗部を司る密偵頭。
髑髏の番犬が破れたとなれば、それは密偵頭を覆う“正体不明の不気味さ”という漆黒の帳を、外す事にもなりかねません。
不気味であれば、人はなるべく近付かないようにするのが常。
それが外れてしまえば、そこに“侮り”が生じる隙が出来る。
死神にとっては、本当にそれは致命傷にもなりかねない。
闇の中に蠢く何か、それが死神の不気味さを醸しているのですから。
「さあ、決めろ、死神よ! 一撃だ、一撃!」
唯一の手がかりは、レオーネだけでなく、私も答えを見い出した事。
つまり、“誰でも可能な再現性のある答え”だと言う事です。
実際、やり方さえ分かってしまえば、この場の誰でもできてしまうのですから。
ハラハラ見守っておりますと、アルベルト様が遂に考えをまとめたようで、動き出しました。
予備のクルミの実を掴み、それを全てグシャリと潰してしまいました。
その欠片をたっぷり投石機に設置し、駒に向けて発射!
(散弾による広域制圧射撃! それがアルベルト様の答えですか!)
コチン! カチン!
無数の欠片が一斉に飛び散り、次々と駒をなぎ倒して行きました。
(……が、ダメ! それでは倒しきれない)
確かに想定以上倒れましたが、全てを確実に倒すのには再現性が薄い。
偶然に頼る一撃では、倒れないものが出る。
現に、倒し切れなかった駒がいくつかありました。
「ほ〜、なかなかのものだ。無数の礫を用意し、駒を倒す手数を増やしたか。記録は三十二体中の二十六体だ。惜しかったな、死神」
レオーネの高笑いが広間に響く。
あるいは何度かやれば、全て倒しきれるかもしれません。
しかし、その一度を最初に引くのは至難の業。
アルベルト様には、その“運”がなかったのです。
確実な再現性に乏しい以上、幸運に頼らざるを得ませんから、しくじりもあって当然。
残念ですが、レオーネの勝ちです。
(こっそりと答えを教える事さえできれば、アルベルト様が無様を晒す事もなかったのに!)
やられたのは私も同じ。
答えを得ながら、それをお伝え出来なかったのですから、参謀役としては失格です。
私もまた、レオーネに負けたと言えましょう。
なんという醜態でしょうか!




