11-12 表と裏
白大理石で作られたトビの像。
それに違和感を覚えた私は像を破壊しますと、中から現れたのは小さな人形。
正確には“牛の角を持つ女神像”ですわね。
「思った通り……。アレサンドロ陛下、呪物を潜ませておくとは、随分と大層な贈り物を、ジュリアス殿下に贈られますわね!」
拾い上げた女神像を突き付け、無礼を承知で睨み付けました。
目の前の食わせ者の大公の心象よりも、こちらの大公一家の安全と歓心の方が重要ですからね。
「姉上、その像は?」
「ディカブリオ、お前とてよく知る女神アイシスを模った像よ」
「アイシス……。主神デウスの従属神で、水を司る豊穣の女神ではありませんか! それがなぜ、呪物だなどと!?」
ディカブリオの反応も至極当然ですわね。
アイシスは水を司る豊穣の女神。
水、即ち“雨”は大地に命を吹き込み、作物を育てる命の源。
それゆえに、水を司るアイシスは、恵みをもたらす豊穣神として、人々から崇め祀られてきました。
それを呪物扱いをする魔女の方が、むしろ異端と言えましょうね。
無論、理由がないわけではありません。
「過ぎたるは及ばざるがごとし。度が過ぎる雨は洪水を呼ぶ。そして、神話で伝えられるように、人類は一度、大洪水によって滅んでいる。それをもたらしたのは、水の破壊的側面」
「つまり、アイシスは滅びも内包していると!?」
「そう。アイシスは本質的には水の女神、豊穣の女神なれど、裏を返せば、洪水の女神、破壊の女神でもある」
力の反転、反作用は、呪術の基本ですからね。
女神の性格さえ、裏と表があるものです。
表向きは祝いの品に見せかけて、実は呪いの品であったというのが、破壊したトビの像というわけです。
(躍動感のあるトビの像。確かに見栄えはする。トビ上がるなどという語呂合わせも、まあ許容範囲内。しかし、演出過剰で、私に裏を気付かせてしまったのは、失策ですわよ)
女神アイシスはトビの姿で飛び回り、常に人々の側近く、頭上にいて、雨を呼び起こしたり、あるいは人々を襲う“呪”を屠ると言われています。
しかし、大洪水の時は水牛となり、大地を歩くごとに大水、大嵐を呼び寄せ、罪深き人類を押し流したとされています。
(つまりこの像は、表向きはトビの姿を取り、豊穣をもたらす女神として見守る反面、“何か”の拍子に祝福が反転し、呪詛となる。破壊を司る牛の姿の女神、これがそれですわね)
小さな像ですが、女性を形作り、牛の角まで生やしていますからね。
トビ、牛、女性、これを繋ぐのは、豊穣と破壊、二面性の女神アイシスだけ。
普通なら分からぬように呪いを仕込むなど、嫌な性格ですわね、ネーレロッソの大公陛下は!
しかし、動じた風を全く見せません。
それこそ、楽しんでいるかのように、余裕の態度です
「ほほう、こうもあっさり看破してくるとは。なるほどなるほど、レオーネの言う通り、ジェノヴェーゼの魔女もなかなかのものだな」
「騒動を起こしておいて、随分と余裕な態度ですわね、アレサンドロ陛下!」
「おいおい、何を勘違いしている? 騒動を起こしたのは、魔女よ、お前の方だぞ? その点は間違えないでくれ」
「その騒動の元となった呪いの像は、そちらからの贈呈品でありましょうに」
「それもまた勘違いだ。私はレオーネから薦められるままに先程の像を差し出したのであって、それ以上の意味はない」
「白々しい事を……!」
「まあ、レオーネからは、『何か起こるかもしれません』と言い含められていたが、なるほどなるほど。そういう事だったのだな」
あくまでもすっとぼけるつもりのようです。
言質は取らせませんか。
あくまで普通の贈り物を用意し、贈っただけ。
中身に呪いが仕込まれていたなど、知りませんでした、と。
「ああ、そう言えば、レオーネからお前に言伝があったのだ」
不敵に笑うアレサンドロ様。
周囲は何事かと困惑しておりますが、例の『処女喰い』の事件を知る者からすれば、緊張の瞬間でもあります。
取り逃がした魔女の伝言ですからね。
「あやつが申すには、『このくらいはパッと見破ってもらわないと、俺の相手は務まらんぞ』とな」
いかにも挑発的な文言。
いかにも彼女らしいガサツな言い回しで、優雅さの欠片もない。
だからこそ、やはり彼女の影を感じる。
私は少々はしたないと思いつつも、大きく息を吸い、そして、吐き出す。
「レオーネ! ここにいるのでしょう!? 姿を見せなさい!」
静まり返っていた広間に、私の声が響く。
そう、彼女がここに紛れているのは、なんとなしに分かってしまった。
問題はどこか?
カシャンッ! バチィン!
乾いた音が響く。
その音に一斉に、私も含めて全員が振り向くと、その先には派手な衣装に身を包んだ賑やかしの“道化師”。
子供達を相手に、玩具を動かして楽しませておりましたね。
今の音は手で持てる小さな投石機を動かし、クルミの実を砲弾に見立てた玩具を使った音。
そして、その音が響くと同時に、すでにアルベルト様が動いていました。
その道化師と、フェルディナンド陛下の“射線”を塞ぐように素早く動き、いつでも“黒い手”を使えるよう、右の手袋に左手を添えて、相手を牽制。
(これは迂闊。道化師に化けて、先に会場入りしていたとは……!)
大胆であり合理的。
賑やかしの道化師ならば、派手な衣装や仮面を被っていても、特に気にされる事はありませんものね。
というか、警備担当者は何をやっていたという話ですが、その責任者はアルベルト様ですわね。
(大公そのものを囮とし、アルベルト様をそちらに意識を向け、自分は何食わぬ顔で道化師に化けて先に会場入り……。相変わらず食えない女ですわね!)
してやられましたが、ここからの動きが図りかねますね。
さて、この状況、彼女の思惑は何かしら?




