11-11 トビの像
相手の目的がなんであるのか、それがまずもって分からない。
ゆえに、私も動けない。
(可能であるならば、ネーレロッソ大公と今陛下がそうしているように、“握手”でもすれば解決なのですが、さすがに大公相手に木っ端の男爵夫人がしゃしゃり出る訳にもいきませんからね)
私の魔術【淫らなる女王の眼差し】は、肌の触れ合った相手から記憶という名の情報を抜き出す事が出来ます。
より深く情報を盗もうと思えば、より長時間、あるいは濃密な接触が望ましい。
しかし、握手程度でも抜き取れる情報は多い。
まして今現在、実行しているであろう“何か”の情報であれば、記憶の表層に現れているでしょうし、読み取るのも容易い。
もちろん、接触できればですが。
「ネーレロッソ大公アレサンドロ殿、大したもてなしもできんが、楽しくやってくれたまえ」
フェルディナンド陛下も警戒心をこれでもかと言うほどに上げておりますね。
声が低く、そして、重い。
まるで合戦場に赴くかのように、放たれる気配が肌をざわつかせてきます。
それを敢えて無視し、にこやかな笑みを崩さないアレサンドロ様も大したものですわね。
「ええ、そうさせていただきましょう。我が国は山国ゆえ、ジェノヴェーゼほど開けた土地がありませんし、海もないですからな。この美食の数々、実に羨ましい」
穏やかな返答の中にも、妬みの感情がにじみ出ていますね。
ジェノヴェーゼ大公国は五大公国の中でも、特に食料生産に優れた国ですからね。
それゆえに人口も多く、気候も穏やかで暮らしやすい。
一方、ネーレロッソ大公国は国土の半分以上を山岳部で占められ、農業生産高が低く、人口も少なめです。
しかし、林業と工業が盛んで、豊富な鉱山資源を武器とし、優れた工業製品を輸入して生計を立てている国。
そんな国からすれば、食糧豊富な我が国は“奪い取ってでも欲しくなる”というわけです。
国境紛争が絶えないのも、そうしたお国柄ですわね。
「おっと、そうそう、忘れておりましたわ。フェルディナンド殿に、特に渡したい品があって、それを持って来たのだ」
「ほほう。私にですか。何ですかな?」
「これだよ」
そう言うと、控えていたアレサンドロ様の従者が前に進み出て、抱えていた木箱を差し出しました。
それを陛下の従者が受け取り、箱を開きますと、そこには酒が入っておりました。
「これは……」
「我が領内にある酒の名産地“ヴィンテージ村”の三変酒だ。その最高の逸品である“スペリオーレ”、気に入ってもらえると良いのだが」
笑顔と共に差し出されましたのは、またもや露骨な挑発。
なにしろ、魔女レオーネの言葉を信じるのであれば、酒蔵としてヴィンテージ村はレオーネの故郷らしいですからね。
嫌でも彼女の事が頭に浮かんできます。
(それにあの時、ヴォイヤー公爵の別邸で、陛下とレオーネが約束を交わしてましたからね。『次に会うときは、ちゃんと献上品として持って来い。それで今日の一件は水に流してやろう』と)
当然、陛下もあの時の事を覚えていますから、困惑しておりますわね。
献上品を持って来れば水に流す、そう約束したのですから。
最高級品の酒、確かに持ってきましたわね。
「……アレサンドロ殿、この酒をあなたに薦めた淑女は元気にしているかね?」
「ああ、元気にしているよ。ああ見えて、我が愛妾でもあるからな」
「ほ~、あのようなガサツな女子が好みかな?」
「魔女との逢瀬、楽しくて楽しくてな」
「それは同意。本当に魔女は色々と魅せてくれる」
バチバチと火花を散らす二人の大公ですが、なるほどと納得。
フェルディナンド陛下同様、アレサンドロ陛下もまた魔女を飼っているつもりのようです。
意外と似ているのかもしれませんね、この二人は。
「おっと。本命を忘れるところであったな。なにしろ、今日はフェルディナンド殿の息子の誕生日だ。そちらへの贈り物も忘れてはおらんぞ」
今度は従者が二人ががりで、布で覆われた何かを持って前に進み出てきました。
皆がそれを注目して見守る中、覆っていな布が取り払われると、そこには翼を広げた鳥の彫刻が姿を現しました。
白大理石を丁寧に磨き上げたであろうそれは、優雅に天を舞う猛禽でした。
「これは……、トビ、か?」
「その通り。大空へとトビ上がれるように、とな!」
実に下らない冗談ですわね。
トビを、飛び上がるとかけるなど、感性を疑うほどの出来の悪さ。
周囲も笑うべきかどうか、迷っていますね。
(……いえ、これは、トビ、トビ、トビ!?)
乾いた笑いの中で、私の中で咄嗟の閃きが走る。
それは、レオーネならやりかねない、という最大級の警告。
私は素早く動き、先程贈られた三変酒の栓を開けました。
シュポンッという音と共に、上物の酒の香りが漂いますが、そんな事などお構いなしい、トビの像に酒をかけました。
「ヌイヴェル、何を!?」
「陛下、お静かに」
まあ、いきなり贈り物の酒と像を台無しにされては困惑するでしょうが、私の推測が正しければ、それどころの問題では済まされません。
そして、その予想は残念な事に当たっていました。
「やはり、そうでしたか……」
「何がどうなっているのだ!?」
「トビの首周りをご覧ください。周囲とシミのでき方が違います。これは白大理石の中に、石膏が混ざっている証。そして、石膏が混じっているという事は、一度切り離し、中に何かを埋めて、再び閉じたということです!」
「なんだと!?」
「ディカブリオ! トビの首を叩き落としなさい!」
私が叫ぶと同時に、ディカブリオが動きました。
握り拳を作り、それをトビの像の頭部に振り下ろしました。
怪力無双のディカブリオの一撃は的確に命中し、ポロリとトビの首が落ちてしまいました。
そして、その中から姿を現してきましたのは、“小さな人形”でした。
私の手のひらに軽く収まるほどの、“牛の角が生えた女性像”。
(思った通り。最上級の呪物を仕込んでいましたわね!)
何食わぬ顔で贈り物をして、こんな物を仕込んでくるとは、これを用意したであろう魔女レオーネも、差し出してきたアレサンドロ様も、とんだ食わせ者ですわね!




