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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第11章 魔女の宴は華やかに
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11-9 謁見と祝辞 (3)

「そう言えば、ヌイヴェルよ、アゾット医師はいかがいたした?」



 不意な質問がグローネ様から投げかけられました。


 子供達が戯れているのを笑いながら見守りつつ、我々の一向に従者にして医者のアゾットがいないのがきになったようですね。


 実際、招待状は渡されておりましたし、いつも一緒におりますから、不思議に思われたのでございましょう。



「申し訳ございません、大公妃陛下。アゾットは今、私の申し付けで席を外しております」



「なんぞ、急用か?」



「はい。ポロス様の御息女クレアお嬢様と逢引きの最中にございます」



「マジで!?」



 と、ここで脇で大人しくしていたリミアの声が飛び込んできました。


 大公女の仮面を被っておりますのに、人前ですんなり“素”を出してしまうとは、まだまだ未熟ですわね。



(まあ、例の事件以降、家に籠っている姉が、男と逢引きなんて聞けば、まあ驚くでしょうね)



 実際、私も今日その事を聞いて驚いてしまいましたからね。


 より身近であれば、大きな状況の変化には驚いてしまうものです。



「まあ、そうでしたか。以前の礼を改めて申し述べておこうかと思いましたが、意外や意外。面白い組み合わせね」



「大公妃陛下、すぐにアゾットを呼んでまいりましょうか」



「それには及びませんわよ。男女の睦みを邪魔するのは、無粋以外の何者でもありませんからね。ねえ、兄上?」



「まさにな! ファルス男爵家の男性陣はどうにも朴念仁ばかりであるから、これくらいで丁度よかろうて!」



 ここでゴスラー様が豪快に、不在の無礼をうやむやにしてしまいました。


 確かに、ディカブリオにせよ、アゾットにせよ、奥手も奥手ですからね。



「しかし、そうなると、ポロスよ、アゾットを婿入りにでもする気か?」



「はい、陛下。もし娘がそれを望むのでしたらば、その話もやぶさかではありません。婿として、迎え入れるつもりです」



「そうなると、爵位持ちの医者となるか。それも我が国初となるな」



 陛下の言は、まさにその通りですわね。


 アゾットは近頃の活躍もあって、貴族の中でも名の通った名医として認識されておりますが、まだまだ下賤な者として蔑む者もおります。


 実際、今まで貴族相手の医者となりますと、貴族の子弟がやっておりましたからね。


 家督を継がぬ次男三男などが医者になり、そうした貴族出身の医者が上流階級への医療において幅を利かせておりました。


 そこに、颯爽と現れましたのが、アゾットという貧民出身の名医。


 若いながらもその腕前は本物で、私が後ろ盾になりながら方々に喧伝して回り、今では町の富豪のみならず、貴族の中にもその腕前を見込んで治療を頼みに来る者も出始めております。


 特に、出産直後の体調不良から、グローネ様が危うかった時も、貴族出身の医者達が手を尽くしても治らなかった病を、アゾットがあっさりと治してしまいましたからね。


 これで評価が真っ二つ。


 下賤な者がしゃしゃり出るなと、従来の医学界からは総スカン。


 一方で、出身に関係なく腕の良さを買う者からは引く手数多。



(私にしてみれば、『だったらあなた達が治してみなさいよ!』と、ズバッと言いたくなりますけどね!)



 重要なのは、傷や病を癒せる腕前があるかどうかであって、医者の出自など問題にもなりません。


 しかし、そうは考えていないのが、まだまだ硬直した我が国の医学界。


 これを修正するのも、一筋縄ではいきませんね。



「陛下、仰る通り、アゾットは我が家のお抱え医師ではありますが、明確に仕官したわけでも、然るべき地位を持っているわけでもございません。それ相応の“箔”を付ける必要性があると痛感しております」



「ふむ、そうだな。たしかに、あれほどの腕前、魔女に独占させるのも惜しいか」



「はい。すぐに、とは申しませんが、いずれは陛下のご威徳を持ちまして、それ相応の地位をお与えくだされば幸いかと」



 アゾットを手放すのは惜しいですが、国家的な利益を考えれば、旧態依然とした医療を改革させる方が有益ですからね。



(むしろ、アゾットを中核に据えた医療学校を創設し、我が家がその出資者になる方がいいかもしれませんね)



 そうなれば、ファルス男爵印の医者が量産され、国中の医療を牛耳る事が出来るかもしれません。


 これは正直、美味しい。


 そこまで上手くいかずとも、隠然たる勢力を張れますし、悪くない話ですわね。



「そうだな。その話も悪くない。いずれそれを煮詰めて……」



 ボワァ~ン!


 陛下の言葉を遮るかのように、大きな太鼓の音が鳴り響きました。


 これは何かしらの大物の貴人が入場する際に、皆に知らせるための音です。


 しかし、この音は現在、宴の主催者である大公家の方々にのみ、それが打ち鳴らされる事になりますが、フェルディナンド陛下、グローネ大公妃陛下、ジュリアス殿下、リミアの四名は全員揃っております。


 そうなると、その“同格”が現れた事を意味します。



(いよいよ来ましたか、本命の客が!)



 ここに集まる貴族など、所詮は賑やかし。


 私も含めて、全てが雰囲気作りの小道具。


 本命の客、それは“宿敵”あるいは、“不俱戴天の相手”と呼ぶ存在なのですから。



「ネーレロッソ大公陛下、御到着!」



 広間の入口にいる儀仗官の、呼び出しの声が響く。


 そう、ついにやって来たのです。


 我が国に数々の謀略を仕掛け、そのどれもが尻尾を掴ませずに逃げおおせた、最大の敵が。

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