11-8 謁見と祝辞 (2)
ポロス様の祝いの品は上物の絹布でした。
新たに加増された領地は、桑畑が広がる絹織物の産地ですから、それをご用意されたのでしょう。
(やはり、領地には特産品と呼ばれる物の産業があるのとないのとで大違いですからね。絹の生産なら、割と良い金になりますわね)
まだ男爵であったころのポロス様の領地は、これといった特色のない農村でございましたからね。
人口もせいぜい三百人で、特に目立つ産業もなく、普通に小麦や野菜を作るだけのありきたりな農村。
なにかしらの特別稼げる産業も作物もなし。
一方、我がファルス男爵家は領地として漁村を一つ持ち、そこは“蛤”の人工養殖を行っております。
我が家はいち早くハマグリの人工養殖を手掛け、財を成した漁師の家系。
その得た財で商会や娼館の経営にも乗り出し、豊かな家系となりました。
そして、ファルス男爵号を得たと同時に村を丸ごと作り変え、ハマグリの人工養殖に加え、各種魚介の加工工場を建設し、干物や塩も商うようになりました。
男爵でありながら、伯爵級の貴族にも勝る財力がありますのも、そうした優秀な産業を起こせたからとも言えますわね。
なお、その遥か上を行くのが、ゴスラー様のアールジェント侯爵領。
昔からの銀鉱山に加えて、琥珀の産出までございますので、その財力は桁外れ。
領地内の統治は領主たる貴族の裁量に委ねられておりますので、富めるかどうかもその腕前次第。
その点では、我が家はかなり優秀だと自負しておりますわ。
「陛下! ジュリアス殿下の健やかな成長、まことにおめでとうございます!」
次は我が家の番(横入りですけど)という事で、一家を代表してディカブリオがまずご挨拶です。
普段はのほほんとしていても、こういう時はきちっとしてますわね。
「うむ。ディカブリオもご苦労であった。……おお、そう言えば、そちらも子が生まれたそうだな」
陛下の視線はラケスに抱えられた赤子を向く。
ラケスは恐縮しながら一礼をし、ディカブリオの横にまで進み出て、我が家の新顔をお見せしました。
「うむ。親に似て、中々に利発的ではないか」
「ハッ! いずれ大公家にお仕えできるよう、立派に育ててみせます!」
「楽しみにしておるぞ。それで、その子は名は何とも申す?」
「イニッチィオと申します」
「良き名だ。では、その名にちなみ、我が息子の最初の家臣になってもらおうか」
すると、今度はグローネ様がジュリアス殿下を抱えられ、イニッチィオのすぐ前まで進み出て来られました。
始めは少々戸惑っておられました殿下も、自ら身を乗り出し、イニッチィオの手を掴まれました。
「きゃはは」
「うぎゃ~」
1歳の殿下と0歳の赤子、その“最初の拝礼”と言ったところでありましょうか。
「ああ、これは御無礼を!」
「いや~、構わん構わん! 互いに元気があって良い事だ! ファルス男爵の面々には今後とも色々と働いてもらうつもりだ! よろしく頼むぞ!」
子供同士の和気あいあいとした雰囲気に、周囲の大人達もついニヤニヤしてしまいますが、そうでもないのが後ろでございます。
横入りした上に、殿下からの最初の忠誠の儀を賜るという栄誉を、成り上がりの男爵風情が掻っ攫っていきましたのですからね。
妬み、恨みの視線が背中をチクチク刺して来ますわね。
(いやまあ、これもこれまでの報酬のようなものですからね)
なにしろ、我々はジェノヴェーゼ大公国の暗部を司る密偵頭、プーセ子爵アルベルト様の指示の下、色々と“口外できない仕事”をこなして来ましたからね。
世間的には、「何で成り上がりの男爵風情が、こうも陛下と親しいのか!?」と思われても仕方がありませんね。
しかもその理由が、「魔女が陛下を誑かしている」と考える輩も多いのですから、余計に疑惑の視線を向けられます。
裏仕事を隠す意味においては、私が汚名を被る方が良いのですが、毎度の事とは言え、あまり気分の良い物ではございませんわ。
「陛下、私からもお祝い申し上げます」
流れを断ち切るために、あえて前に進み出ました。
もちろん、男爵家に向けられた良からぬ視線を、私に集中させるためです。
悪名こそ、魔女が着飾るアクセサリーなのですから、臆する事なく着こなしてこその魔女ですわ。
「うむ。ヌイヴェルもご苦労であった」
「つきましては、我が家からも、殿下への祝いの品を献じさせていただきます」
そして、私は持ってきました小箱を陛下に差し出しました。
ここでもまた小技。
普通、献上品の類は従者が抱え、相手の従者がそれを受け取り、そこから贈り先に見せるというのが通常の流れ。
実際、ゴスラー様やポロス様の献上品も、その流れでした。
安全上の理由から、そうした手順を踏むのは当然の事です。
直接手ずから献上し、しかも直接受け取るのは、儀礼の観点からも、安全上の理由からも、忌避されて然るべき振る舞いです。
しかし、フェルディナンド陛下は気にされずに、ご自分の手で受け取られました。
しかも、大公妃陛下の目の前で、です。
(皆も驚いているでしょうね。そうした儀礼をすっ飛ばせるだけの信頼を得ている事。しかも、大公妃グローネ様も気にしていないという事は、そちらからも公認されているという事も、ね)
ただの“愛人”では、こうは参りませんからね。
表向きでは愛人であっても、裏では陛下から相談を受ける参謀役でもあります。
“魔女娼婦”にして、“貴女参謀”。
それが私、ヌイヴェル=イノテア=デ=ファルスなのですから。
「さて、魔女からの献上品はなんであるかな」
陛下は声を弾ませ、受け取った小箱を開けました。
中にありますのは、一枚の金貨。通常、流通している共通金貨よりかは、二回りほど大きな金貨ですわね。
「ほほう。これは“帝王の円盤”か」
「左様でございます。もっとも、純金製とは申せ、複製品ではございますが」
それは遥か昔の話。
大洪水で悪しき人々を押し流した“雲上人”は、地上再建のために難を逃れた人々と共に復興に乗り出した。
初代法王とされるシメオンと、生き残りの人間の指導者ヌーフにより、人々は復興作業に従事して繁栄を取り戻しつつあった。
しかし、それから何百年と経過するうちに、増えすぎた人口が諍いの原因となり、村単位で水や農地でもめるようになりました。
そのため、教会側は憂慮の末に、一人の男を地上の王として選出し、地上の代表者として皆を取りまとめるように指示を出しました。
それが帝王カエサリオンと呼ばれる人物です。
カエサリオンは争いを絶えない人々の間に立って仲裁し、人々が安寧の内に暮らせるようにと奔走した。
実際、かの帝王が存命中は大した争いもなく、大洪水以降では最も平穏な時代であったと経典には伝えられています。
しかし、それとて定めある命を持つ人間。
皆に惜しまれながら、天へと召されてしまいました。
そして、かの王の業績を忘れぬようにと、各村々の代表者がカエサリオンの肖像を模った大きな金貨を作り、それを代々の家宝としました。
それがこの“帝王の円盤”の由来です。
(もっとも、その後も拡大、増加の一途を辿る人間は、唯一絶対の地上の王を戴くのではなく、広すぎる地域を分割統治し、今の五大公が生まれましたけどね)
一人の人間が統治できる領域など、限りがありますからね。
どれほどの名君であろうとも、“距離”の壁を超える事はできない。
分割統治もやむを得ない事とは言え、それもまた争いの原因になるのは、ままならないものです。
「ほほう。魔女からの献上品は帝王の証と来たか」
「いずれ、ジュリアス殿下がかの伝説の帝王のごとき偉人となられる事を願いまして、複製品で恐縮ではございますが、献じさせていただきます」
「うむ。面白い趣向だ! 気に入ったぞ!」
どうやらお気に召されたご様子。
腕のよい職人に注文を出しておいて正解ですわね。
それなりの出費でしたが、陛下への歓心と、周囲の貴族への牽制もできましたし、結果としてはまずまずと言ったところでしょうか。
魔女という仮面を着けておりますので、何かと気を使うものですわ。




