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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第11章 魔女の宴は華やかに
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11-5 招待客 (4)

「ポロス様、いつからあのような状態になっていたのでしょうか?」



 連れだって人混みに消えていくアゾットとクレア嬢。


 その背を見守りながら、私はポロス様に尋ねてみました。


 何しろ、私が気付かないほどにごく自然に日々を過ごしていましたからね、あの天下の名医は。


 色々と気になるものです。



「魔女殿が我が家を訪ね、クレアを立ち直らせてくれた後、アゾット殿はよく我が屋敷に足を運んでくれましてな。『我が主人は立ち直る切っ掛けを与えましたが、その後の追加の診療がありませんでしたので、私が代わりに』と申されましてな」



 それを聞き、なるほどと納得しました。


 確かに、クレア嬢の病は、心の中に存在します。


 誘拐略取というおぞましい犯罪行為に巻き込まれたのですから、心が病んでしまうのは当然の事です。


 そして、心的障害トラウマと言うものは、何かの拍子に頭によぎり、再び心を捉えてしまう厄介なものですからね。


 『処女喰い』の事件の後は、妹のリミアの方に掛かりきりになってしまいましたし、姉の方までは手が回っていませんでした。


 その主人の至らぬ点を、従者が無言の内に補っていたわけですか。



(あくまで、医者としての本分を通すか。患者の事は守秘義務があるので、こちらに一切相談も持ち掛けず、律義な事ですね)



 政治的な配慮よりも、医者として患者に寄り添う姿勢は相変わらずですね。


 その点が、美点であると同時に、危うさでもあるのですが。


 ポロス様のように、理解のある貴族ばかりとは限らないのですよ。



「まあ、当初は男という点で随分と怯えておりましたが、魔女殿の従者でもありますので、次第に心を開くようになり、今では普通に会話できるようになりました」



「以前は、父君であるポロス様でさえ近づけなかったのに、アゾットめ、思いの外に、たらし(・・・)でしたわね」



「なんでしたらば、それこそ結婚させても構わないと思っておりますぞ」



「それはまた、なんとも思い切った事を」



 ポロス様の言葉には、さすがの私も驚きました。


 我が家の大熊ディカブリオ仔猫ラケスの場合、その気になれば力づくで娶る事もできたのです。


 庶民の娘を遊び半分に抱く貴族もおりますし、そのまま飽いてポイと捨てる話も、ゴロゴロ転がっておりますからね。


 しかし、今回の場合は立場が逆。


 貴族の娘が庶民の男に寄っていっているのです。


 アゾットは美男子という訳でも、金持ちであるわけでもない一介の医者。


 まあ、腕の良い医者である事は間違いありませんが。



「あの痛ましい事件の事を理解し、娘を大切に扱ってくれる男なんぞ、探しても見つかりそうにありませんからな。子爵に格上げされ、陛下の御厚意に与る身として、それ目当てでクレアに近付いてくる者もおりましょうが、そんな輩に娘と結婚させるつもりはありません」



「なるほど。そういう判断でしたらば、アゾットは最適という訳ですか」



「それに、あの二人、どちらかというと、恋仲というよりかは、師弟と言った方が近い関係でして」



「ほほう。それはまた、なんとも……」



「クレアも元気になってからは、自ら進んで医学書を開くようになり、アゾット殿に指南を受けるようになりましてな。将来は医者を目指すとも」



「それは興味深いですわね。女性の医者はそれこそ、私のような薬師もどきがいる程度で、本格的に医学を学んだ者はおりません。世界初の医者夫婦というのも、案外面白いかもしれませんね」



 それもまた、あの事件の最後の懸念でありました“クレア嬢の処遇”も、収まる所に収まりそうですわね。


 実際、二人が結ばれるかどうかは別にして、世にも珍しい女性の医者にクレア嬢がなるというのであれば、面白い結果になる事でしょう。


 また一つ、我が国の医学界も変革が置きそうですわね。



「まあ、仮に二人が結ばれましたら、婿入りという事になりましょうか?」



「そうなると、魔女殿とは親戚筋という事になりますな」



「婿の妹が、我が家に嫁いでおりますからね」



「ふふふ、結納金は“婿の体”という事で」



「ああ、それは困りましたね。魔女は腕の良い従者を失ってしまいます」



 やれやれ、これはしてやられました。


 アゾットが他所へ婿入りとなると、私の従者をしている暇もなくなりますからね。


 これは大きな痛手ではありますが、それを止めるつもりはありませんよ。


 その来るべき日まで、たっぷり丁寧にこき使って差し上げますから。



「いよぉ、ヌイヴェル! 久しぶりだな!」



 ここで会場の入り口から、けたたましいほどの大声で呼びかけられました。


 何事かと思い、そちらを振り向きますと、思いがけぬ人物が立っておりました。



「ゴスラー様!? それにマリアンヌまで!?」



「ハッハッハッ! 約束通り、二年間は領地に引きこもっておったのだ! もうここに来ようと文句はあるまい?」



 そう、現れましたのは、アールジェント侯爵家の当主ゴスラー様と、その令夫人でありますマリアンヌでした。


 二人の仲人を勤め、結婚まで漕ぎ付けましたのはおよそ二年前。


 借金返済までは領地の経営に遷延してもらおうと、二年間の領地引きこもりをお願いしておりましたが、確かにそろそろ期限切れでしたわね。


 おまけに、銀鉱山の採掘も順調な上に、新たに琥珀の鉱脈も見つかり、今やアールジェント侯爵領は空前の好景気に湧いております。


 借金取りから追われていた事など、遥か昔であるかのように、豪放磊落なゴスラー様が戻って来られましたわね。



「お久しぶりですわね、ゴスラー様。それにマリアンヌも。手紙で元気である事は御存じでしたが、実際会ってみますと、それ以上に元気なご様子で」



「おお、そうだとも! 今な、マリアンヌの腹には子供がいるのだ! まだ腹が膨れるほどではないがな!」



「まあ、それはそれは! おめでたい事ですわね!」



「おお! それもこれも、全部ヌイヴェルのおかげだ! 感謝するぞ!」



 騎士であった頃の闊達さを見せるゴスラー様。


 そして、この世で最も顔の醜い侯爵夫人のマリアンヌ。


 こんな公衆の面前で醜く歪んだ顔を晒しても平然としていられるのは、それだけ心がより強靭になった証でしょうか。



(まあ、ゴスラー様はマリアンヌの顔ではなく、心に惚れたのですからね。そんな醜い顔ですら愛してもらえるのですから、本当に幸せになれたようね)



 手紙では伝わらない思いもまた、こうして直に会えば分かるものです。


 この二人と再会できただけでも、今日の宴に参加した価値はありましたわ。

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