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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第11章 魔女の宴は華やかに
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11-4 招待客 (3)

 改めて宴の会場となっております宮殿の大広間を眺めますと、本当に貴族とその類縁の方々ばかりだと思わされます。


 庶民が着る事が出来ないであろう絹の礼服に身を包み、煌びやかな宝石をこれでもかと身に付け、豪華な食事や酒を口に運ぶ。


 荘厳な音楽が場の雰囲気を醸し、あるいは大道芸人が愉快な芸を披露して、笑い声と共に湧かせてまいります。


 小さな子供に対しても行き届いているようで、道化師が色々と玩具を動かし、楽しい会話と共に子供達と遊んでいる姿も見受けられます。



(見たところ、幾人も知己がおりますが、特に親しいと言う訳でもありませんし、こちらから声をかけるのは控えておきましょうか)



 これが極めて重要な儀礼なのでございます。


 まず“上”から声をかけ、“下”の者がそれを返すというのが基本的な礼儀。


 余程親しい関係にあるか、あるいは急用でもない限りは、その逆はありません。


 我がファルス男爵イノテア家は、貴族としては格下の成り上がりの家門。


 いくら陛下と懇意にしているとは言え、礼儀は通さねば余計な反感を生んでしまうものです。


 なので、適当にぶらつき、誰か声をかけてくるのを待つのが、こうした宴での我が家の基本的な動きとなります。



「ヌイヴェル様、陛下への御挨拶は?」



 ここでアゾットから素っ頓狂な問いかけ。


 この豪胆でありながら、能天気なところがアゾットの危ういところですわね。


 貴族相手の往診をしている分、慣れがあるからこその危うさです。



「アホウ。あれを見てみよ」



 そう言って、私は持っていた閉じた扇子の先で、大公家御一家がおられる壇上、上座を指しました。


 現状、大公家は四名。


 フェルディナンド陛下、ジュリアス殿下、グローネ大公妃陛下、リミア大公女殿下となります。



「当然ながら、ご招待いただいたのは陛下からですが、挨拶はしなければなりません。しかし、あの並んでおる列を見よ」



「ああ、かなり身分の高い方々ばかりでございますね」



「何事にも順番と言うものがある。あんな上位貴族の列に、我ら成り上がりの男爵が並んでみよ。悪目立ちにもほどがあるし、後で何を言われるか分かったものではない。今少し序列が下がった列になるのを待つものじゃ」



 ただでさえ、新参の成り上がりと我が家は思われているのですから、余計な事は避けておいた方が無難です。


 おそらく、陛下が我々の姿を見れば、あるいは“割り込み”さえ認めてくれるやもしれませんが、それは同時に嫉妬や敵意を生む。


 何で男爵風情が陛下の寵を受けるのか、と。



「余計な波風なんぞ立てんでよい。リミアを引き取った直後の事を考えよ」



「あ~、納得しました。あの噂が沈静化するのも少し時間がかかりましたからね」



 実際、良からぬ噂が飛び回ったのは、リミアを大公女として陛下が養子縁組をし、その世話係を私に押し付けた時の事でございました。


 私と陛下が“ただならぬ関係にある”という事は、社交界では度々噂に上がっておりましたが、リミアの件がそれにとんでもない方向性を与えたのです。


 彼女は元々、ボーリン男爵家の御令嬢でしたが、『処女喰い』の事件の際、色々と知ってしまったため、大人しく親元へ帰すわけにもいかなくなり、窮余の策として陛下が養子縁組をして囲い込み、同時にその世話を私に任せたのです。


 そんな縁も所縁もない男爵家の少女を、大公女プリンチペーサとして迎えるなど、何か裏があるのではないか、と。


 結果、噂が噂を呼び、気付けば社交界ではリミアが、私と陛下の間に生まれた庶子であるという話になったのでございます。


 事実無根な話でありますから、噂を消すのにあれこれ手を回し、どうにか鎮静化する事が出来ました。


 噂と言うものは、本当に恐ろしいものです。


 私自身、そうした風聞を利用して、商品を宣伝したり、あるいは人をおとしめる事もやっておりますので、その有用性と恐ろしさを誰よりも知っているという訳です。


 結論から言えば、悪目立ちするな、という事ですわね。



「おや、魔女殿ではございませんか」



 不意に後ろから声をかけられましたので、そちらを振り向きますと、一人の中年貴族がおりました。


 少女を一人伴って。


 冴えない容姿と、どうにも落ち着かない雰囲気を出しながら、ようやく知己を見つけたといった雰囲気を出しておりました。



「おや、これはこれはボーリン子爵ポロス様ではございませんか。ごきげんよう」



「いやはや、やはりこういった席は慣れておらんでな。顔見知りがいて良かったですわい」



 ポロス様は落ち着かない雰囲気でございますが、それも止む無き事でしょう。


 そもそも、ポロス様は本当に古い家柄というだけの、貧乏貴族でございまして、こうした華やかな社交界とは無縁の生活をしていたのでございます。


 貴族と申しましてもピンキリでございまして、社交の席であるこうした宴に出るためには、それ相応の身だしなみと言うものが必要不可欠なのでございますが、それを用意する資金もなく、欠席してしまう事もありました。


 下手な格好で参上しては、招待した主催者の顔に泥を塗りかねませんので、貧乏貴族には社交界に出るのを諦める方がいるくらいです。


 かつてのポロス様はまさにそれ。


 しかし、それが一変しましたのは、次女のリミアが陛下の御養子になられてからです。


 事件の経緯は伏せられて、単に「陛下がリミアを気に入って養子にしたい」という、表向きな事情だけを伝え、気が付いたら娘が大公女になっていたという、完全に寝耳に水な話。


 リミアの実家筋に苦労はさせられぬと、加増によって領地を増やし、新領地経営の支度金名目で財も与え、さらに男爵から子爵への格上げまで行ったのです。


 今では貧乏とは無縁の生活となり、かなり安定した貴族の家門となりました。


 そして、更に視線をポロス様の後ろに控えておりました少女に向けました。



「クレアお嬢様、お久しぶりでございます。ご快癒なされたようで、心よりお喜び申し上げます」



 少女の正体はポロス様の長女クレアお嬢様。


 例の『処女喰い』の事件の際、真っ先に被害に遭われた貴族のお嬢様。


 誘拐され、かどわかされ、花を散らされる結果になってしまった悲運な少女。


 その後は酷い対人恐怖症になり、妹のリミア以外とはまともに口を利けなくなってしまいましたが、私が立ち直る切っ掛けを与え、どうにかなったようです。



「魔女様もご機嫌麗しゅう。以前は大変お世話になりましたが、直接お会いする機会もなく、お礼を申し上げる機会もなく、申し訳ございませんでした」



「いえいえ。こうして元気なお姿を拝見できただけで十分ですわよ」



「ありがとうございます。これも魔女様と、アゾットさんのおかげですわ」



「ん? アゾットが?」



「はい。時折、往診のついで(・・・)だと言って、我が家に足を運んできてくれているのですよ。クレアを度々診てくれております」



 これは初耳。


 アゾットめ、こんな可愛らしい女子の所へ、密かに通い詰めておったとは、主人として罰が必要ですわね。



「アゾットや、命令じゃ。クレアお嬢様の露払いとして、側に侍っておけ」



「なにゆえ!?」



「決まっておる。良からぬ悪い虫が付かないようにするためじゃ。分かったら、さっさと行け!」



 こういう宴の席では気分が浮つき、思わぬ顔合わせで、後々にまで続く関係が生まれるものです。


 もちろん、貴族の間の結婚と言うものは、ほぼ政略結婚で占められておりますが、ごく稀に恋愛結婚も成立しますからね。


 私も仲人を勤めた事もありますので、それは重々承知しております。



(それにしても、妹は男爵を射止め、兄の方は子爵令嬢を射止めるかもしれんとは、世の中、変わってきたのでしょうか)



 元は貧民街の出身である、アゾット・ラケス兄妹。


 この場にいる事だけでも不可思議なのに、奇妙な縁で結ばれてしまう事もあるものですね。


 二人を拾ってきた私からすれば、なかなかに面白く感じてしまいますわ。

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