10-47 筆まめな友人は幸せを掴む
ゴスラー様とマリアンヌがアールジェント侯爵領に帰ってからと言うもの、そこから手紙がひっきりなしにやって来ます。
マリアンヌはどうにも筆まめな性格であったらしく、週に一度は手紙を書いて送ってくれています。
真面目な分、借金の返済までは事業報告をする義務があるとでも考えているのでしょう。
こちらとしては、現地に赴かなくても侯爵領の情報を手に入れられるので、派遣した商会の人間からの報告も併せて、順調に推移している事が分かりました。
同時に、状況を一変させる報告もまた、最速で私の下へとやってきました。
「ディカブリオや、マリアンヌから面白い報告が届いたわよ」
その時はたまたま従弟のディカブリオと、領地に関する執務を行っていたのですが、そこにマリアンヌの手紙が届きました。
そして、その中身がとんでもない内容で、一通り読み終えた後、ディカブリオに渡してみますと、これまたびっくり仰天。
目を丸くして驚くではありませんか。
まあ、手紙の中身を考えますと、当然の反応ではありますが。
「姉上、これは本当の事でしょうか!?」
「事実でしょう。マリアンヌは生真面目ですし、嘘を付く理由もないですから」
「しかし、これ! 『銀の横領が発覚した』となっていますよ!?」
「そのようね。いやはや、まさかのまさかですわね、銀の横領なんて」
なにしろ、パリッチィ銀行のフランヴェール様を焚き付けるため、「侯爵領で銀の横領が行われ、それを誤魔化すために銀鉱山が枯渇した」と、“嘘”の報告をしたのですからね。
「では、これはなんだと!?」
「嘘から出た真、ですわね」
「そんな都合の良い事が!?」
「それが起こってしまうのが、“今”のあの夫婦なのです」
なにしろ、マリアンヌの魔術が覚醒したのは間違いないですし、その効果自体は未知数でしたが、どうにも上手くいっているようで、こちらとしても一安心です。
「内容もまた凄い……。普段、鉱山などに出かけない侯爵が気まぐれに視察に出かけ、向かう途中に突然の豪雨に襲われ、脇道の先にある山小屋に避難。その小屋の裏手が土砂崩れを起こし、そこで掘り出された大量の銀鉱石が見つかった、と」
「幾重にも重なった偶然が、横領された銀に辿り着かせたといったところかのう。ふふふ、さすがはマリアンヌ。覚醒した魔術は、どうやら本物のようですわね」
ニヤリと笑う私に、ディカブリオは「またか!」と言いたげな顔をしてきましたわね。
まあ、時が来るまでは伏せておくつもりてしたが、それがやって来たと言うことなのでしょう。
「やはりそうでしたか。また、“お肌の触れ合い”で、情報を抜きましたね? どうにも妙に入れ込み過ぎているので、もしやとは思っていましたが」
ちなみに、私の魔術【淫らなる女王の眼差し】の事を知っているのは、従弟のディカブリオと、従者のアゾットだけ。
裏仕事の関係上、この二人にだけは知っておいてもらう必要があったためです。
妹分のジュリエッタのみならず、フェルディナンド陛下やアルベルト様にすら伝えていない秘中の秘です。
まあ、薄々は勘付いて察しているかもしれませんが……。
「まあね。あの夫婦、揃って面白い魔術を秘めていましたから、ちょっと掛け合わせてみようと思っただけですよ。そしてまず、マリアンヌの方が条件を満たして発現した、というわけです」
「なるほど。……して、侯爵夫人の魔術とは?」
「マリアンヌの持つ魔術は【笑顔の夫婦に祝福を】と呼ばれるものね。発現条件は“結婚して夫婦となる事”。効力は『伴侶の運気を増減させる。変動値は夫婦の愛情の度合いに比例する』よ」
「目に見えず、数値化できない“愛情”を秤にかけた幸運の女神の恩寵、というわけですか……。姉上が“恋愛結婚”にこだわっていた理由が、ようやく分かりましたよ」
ディカブリオも納得したようですわね。
察しの通り、結婚すれば発現自体はしますが、効力は薄い。
なにしろ、増減値が二人の愛情に左右するわけですからね。
それどころか、夫は借金返済のため、妻は修道院から抜け出すため、などと打算に基づく結婚では、早晩崩壊するでしょう。
それでは、幸運は掴めない。
(だからこその“恋愛結婚”! 美顔と身分を封印し、心の底から口説き落とすゴスラー様! 正体不明の覆面男に口説かれ続け、その熱意に打たれる三十路の少女マリアンヌ! その二人が交わる先は、アツアツの恋人のような夫婦!)
はっきり言えば、“金”が大きな原因。
借金、結納金、すべて金銭にまつわる事です。
貧すれば鈍する、という言葉があるように、貧乏は思考を鈍らせます。
ゆとりがないからこそ、金銭に対して多くの思考を割き、そして、破滅する。
しかし、経済的ゆとりがあれば、他の事を考える余裕が生じます。
そして、招き寄せた幸運が今、二人の間に到来したのです。
今度という今度こそ、私の友人は解放された。
身内から押し付けられた不遇な生活から解放され、同時にもたらされた幸運から借金からも解放。
(決め手となったのは、マリアンヌが“婚礼保険”で手にした保険金を、全額ゴスラー様に差し出した事ですわね。まさに“内助の功”! あれで二人の間が完全に結ばれ、確固たる夫婦仲となった!)
悪役の芝居をした甲斐があったというものです。
業突く張りな借金取りのふりをして、ちょいと煽ってあげましたからね。
真面目でゴスラー様への思いが本物であるからこそ、そんな高額な保険金すらポンと出してしまえるマリアンヌの想い。
それが最善であると、無意識のうちに理解してね。
金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
横領の実態を暴いて、財政問題を解決!
それをもたらした幸運の女神!
膨大な借金を返済し、社会的な信用も獲得!
おめでとうございます、ゴスラー様、マリアンヌ。
あなた達二人は、全てを手にしましたわよ♪




