10-39 結婚式は華やかに (4)
新たに式場に乱入してきましたのは、あろうことかフェルディナンド大公陛下と、密偵頭のアルベルト様。
二人揃って公衆の面前に現れるのは極めてまれです。
そもそも、このお二人は、表向き“異母兄弟”となっておりますが、実際は“双子”なのです。
相続の問題が発生するため、上流階級ほど双子は忌避される傾向にあります。
まして、大公家の男子となりますと、余計にもめる原因になりかねません。
そのため、瓜二つな姿がバレぬよう、アルベルト様は髪を黒く染め、仮面を被り、雰囲気をガラリと変えて人前に出てきます。
(まあ、それでも念のためになるべく同じ空間にはいないようにしているのですが、今日は特別なようですわね。さて、どんな悪戯を繰り出すのやら)
新郎であるゴスラー様の妹君グローネが、フェルディナンド陛下の御妃様。
なので、お二人は義理の兄弟というわけです。
本来であれば、陛下の義兄の結婚式という訳ですし、もっと盛大にやるべきなのでしょうが、そこは報復優先というわけです。
盛大な結婚式を開いてしまいますと、出席者がわんさかおりますので、あまり大きな騒動が起こせなくなります。
しかし、こじんまりとした式であれば、身内のみで列席者を固める事が出来ますからね。
標的でありますピエトロ様以外は、もう勝手知ったるというもの。
また魔女が何かするのか、そう考えて何食わぬ顔で出席していたという訳です。
そうした諸事情はすでに陛下の方へは伝達済みで、事前に「式の途中で適当に乱入して、好きに暴れてください」とお願いしておきました。
そして、遅れての登場となりました。
「ば、バカな……。なぜ陛下がこのような場所に?」
「あら、ピエトロ様、お忘れですか? 陛下と新郎が義兄弟だという事を」
「……あ」
「つまり、ピエトロ様は実質的に陛下の姉をこれ以上になく貶していたという事になります。その意味をご理解いただけますね?」
少々強引ですが、フェルディナンド陛下とゴスラー様が義兄弟である以上、その花嫁は義理の姉ともなります。
陛下の姉に対して無礼極まる言動を繰り返した、という事実は周囲の皆様の知るところですからね。
陛下からどんな罰が下されても、まあ、やむを得ないかと。
「ま、待て! そもそも、新郎がアールジェント侯爵とは知らなかったのだ!」
「そんなものは関係ありませんわ。貴人に相応しい礼節に則った対応をしていれば、何の問題もなかったのです。それをあれだけ散々口汚く罵ったのです。そうでなくても、二十年間も粗略に扱ってきたわけですし、まあ、今までの愚かな言動を、陛下に裁定していただきましょうか」
「ひぃ!」
そして、ガシッと両肩を掴まれるピエトロ様。
掴んだのは従弟のディカブリオです。
すぐ側にその巨躯を鎮座させていたのですが、状況を察してピエトロ様に掴みかかったという訳です。
逃げられても面白くありませんし、“熊男爵”に捉まれた以上、その怪力からは逃れられませんよ。
「は、放せぇ!」
「お静かに、伯爵。陛下の御前ですよ」
ディカブリオの重たい声がピエトロ様に突き刺さりますが、それでもジタバタもがいていますね。
無駄な足搔きもいいところですわ。
が、それもピタリと止む。
アルベルト様がピエトロ様の首筋に軽く指を当てたのです。
死神の指さし、背筋が凍り付いたでしょうね。
まあ、“右手”の封印は施されたままですので、何か効果があるという訳でもありません。
本当にチョンと指で触れただけ。
しかし、大公国の暗部を司る最も不気味な貴族なのですから、その迫力たるや正真正銘の死神にも映る事でしょう。
大人しくさせるのには十分過ぎました。
そして、大人しくなったピエトロ様の前に、フェルディナンド陛下とゴスラー様が並んで立ちました。
「さて、ゴスラーよ、いかがしたものか?」
「いかに義理の兄とはいえ、我が花嫁を愚弄したのですし、少し痛い目をあっていただかねばならないかと」
「まあ、当然だな。それで、なにか良き方法はあるのか?」
「強いて言えば、“これ”でしょうな」
ゴスラー様は一通の封書を懐から取り出し、そして、勢いよく叩き付けた。
ペシッと紙の叩き付ける音。
ぶつけられた先はピエトロ様の顔面。
パラリと落ちる封書には、堂々たる大きな字で“Isolato”と書かれていました。
「ピエトロお兄様には申し訳ないが、我が花嫁の精神衛生上の理由から、今後一切のお付き合いを拒絶させていただきます! 今日、この瞬間をもって、我ら夫婦とマクディ伯爵家は一切の関わりなしといたしましょう!」
実に分かりやすい堂々たる宣言ですわね、ゴスラー様。
まあ、今までのピエトロ様の言動からすれば、これくらいビシッと言ってやるのが一番良いでしょうかね。
「……とまあ、このくらいでよろしいでしょうか、陛下?」
「付き合う付き合わないは、各々が判断する事だ。好きにするが良い」
これで絶縁状が効力を発揮させることになります。
なにしろ、陛下の許可が下りたのですからね。好きにしろ、と。
「ディカブリオ殿、ご苦労だった。もう放してもよいぞ」
ゴスラー様の呼びかけに応じ、掴んでいたピエトロ様の肩を話すと、悲鳴を上げながら一目散に逃げて行かれました。
が、ダメ。
アルベルト様が足を引っかけて、盛大に床に転がされてしまいました。
「おいおい、伯爵。ダメではないか。ちゃんとこれを持って帰っていただかないと」
アルベルト様は床に落ちていた“絶縁状”を拾い上げ、それをピエトロ様の懐に捻じ込みました。
そして、軽く心臓の部分を鷲掴み。
「私からも一言、申し述べておきましょう。『暗い夜道には気を付けろ』と」
「ひぃぃぃぃぃ!」
今度という今度こそ、大慌てで駆け出していきました。
まあ実際、アルベルト様が何かするでもないでしょうが、密偵頭からああも脅されては、生きた心地がしないでしょう。
もう本当に、夜道を歩けないかもしれませんね。
折角整えた衣装や髪形もボロボロにして、実に情けない逃げ姿ですわ。
そして、邪魔者がいなくなった式場は、全てが終わったとばかりに一同揃って大笑いです。
報復も終わり。
さあ、これから本当の結婚式が始まりますわ♪




