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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第10章 金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
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10-34 花嫁兄への招待状 (前編)

 ヴェルナー司祭様の策に乗り、私は早速動き出しました。


 関係各所への通達や式への招待状の送付など、仲人役として色々と駆け回る日々。


 そして、そんな中での最重要案件、“花嫁実家への招待状”を実行に移す時が来ました。


 一番焦ったのは、“会えない事”。


 花嫁マリアンヌの実家、マクディ伯爵家は彼女とは絶縁状態。


 現当主でマリアンヌの兄でもあるピエトロ様は、傷物の妹を価値なしと修道院に押し込めた張本人。


 しかも、修道院暮らしの妹に、手紙一つ出さない薄情な対応。


 なので、「妹の事なんぞ知らん」と言われて、私との面会を拒絶される可能性がありました。


 しかし、そこはヴェルナー司祭様からの援護射撃。


 事前にピエトロ様に一筆差し上げまして、その筋から面会の予約が取れました。


 いやはや、普段付き合いのない御貴族様と会うのは、何かと面倒ですわね。



(まあ、と言っても、ここに来るのは初めてと言う訳ではありませんけどね)



 マクディ伯爵家はマリアンヌの実家。


 彼女がまだ伯爵令嬢として扱われていた時に、訪問した事もありますからね。


 屋敷の召使いに案内され、着いた先はこじんまりとした客間。


 絶縁状態の妹からの使いとなりますと、豪華な応接間での応対とはいきませんか。


 態度も極めて尊大で、面倒くさいという雰囲気が全身から漏れ出ています。


 司祭様の仲介がなければ、会う事すらできなかった雰囲気ですわね。



「久しぶりだな、ヌイヴェル。いや、魔女、と呼んだ方が良いかな?」



「どちらでもご随意に。お久しぶりでございます、マクディ伯爵ピエトロ様」



 悪意を以て魔女と呼ばれましたが、まあ、これもまた慣れっこです。


 幼少期にお会いした時はそれほどにも感じませんでしたが、今は確実な悪意を以て私を見ておりますね。


 まあ、男爵夫人という格下であり、しかも娼婦でもありますからね。


 門地、家名、伝統を何より大事と考える御方には、我がイノテア家、あるいは魔女などと言うものは異端であり、唾棄すべき存在となります。


 幼少期の思い出など、遥か彼方ですわね。



「それで、司祭から重要な案件があるので、魔女に会って欲しいと言われたが、どんな要件か?」



「実を申ししますと、マリアンヌの事でございます」



「フンッ! 今更か。こちらには関係のない事だ」



「そうは参りません。マリアンヌはこの度、とある殿方と結婚する事となり、それを実家にお伝えしに来たのですから」



「結婚だと!?」



 ピエトロ様は目を丸くして驚かれていますね。


 まあ、この御仁の視点でマリアンヌを見た場合、三十路に突入した修道院暮らしの醜女しこめを娶る変質者・・・が出たようなもの。


 驚愕して当然ではありますがね。



「よくもまあ、あんなブサイク(・・・・)な妹を嫁に貰うと言い出すな。どこのどいつだ、そのアホウは?」



「とある騎士様でありまして、旅先で偶然にもマリアンヌと出会い、その心根に惚れたと求婚したのでございます」



「騎士階級か。仮にも伯爵家の令嬢が、騎士なんぞと結婚とはな」



 これも良くある話なのですが、貴族と言っても階級があります。


 そのため、下級の貴族、騎士キャバリエ男爵バローネを貴族とは認めず、平民と変わらぬ下賤な者と蔑む上位の貴族の方もおられます。


 その点では、成り上がりの男爵である我がファルス男爵イノテア家も、なかなかに苦労しました。


 あ、ちなみに、花婿であるゴスラー様が騎士キャバリエであった事は、嘘ではありませんよ。


 侯爵家と言えども、家督を継げるのは嫡男だけですし、その他の継承候補者はさっさと身を引くのが御家の為です。


 ですので、相続から漏れた継承候補者には、諦めてもらう代わりに官僚や騎士としての仕官先を探したり、あるいは商会でも新たに創設し、そこの主人として送り出すなどの措置が取られます。


 そのため、少し前のゴスラー様は騎士と吟遊詩人トルバドールの身分を重ねて、各地を放浪しておりましたからね。



「騎士とは申せど、フェルディナンド大公陛下にお仕えしている騎士なのでございますから、お相手として十分かと思いますが?」



「陛下の直臣騎士か。まあ、それならギリギリ合格点といったところか」



「では、結婚の御許可をいただけると思ってよろしいのでございますね?」



 一族の女性の結婚云々は、基本的に親か家門の長が決めるのが、上流階級では当たり前ですからね。


 今回の場合、マクディ伯爵家の当主である花嫁の兄が握っていることになります。


 つまり、目の前にいるピエトロ様ですね。



「今更、妹の事なんぞ関係ない。結婚でもなんでも好きにするが良いさ。ただし!」



「結納金の件は結構でございます。絶縁状態にある実家から、硬貨一枚も貰うつもりはありません。これは、花婿側からも了承を得ております」



「少しはわきまえているようだな」



 結婚に際しては、花嫁の実家が花婿に対して、“花嫁の当面の生活費”を名目に結納金を支払う習わしがございます。


 今回の場合ですと、目の前のピエトロ様が支払う側になるわけです。


 しかし、二十年近く会う事もなかった絶縁状態の妹のために、結納金を支払うなど真っ平御免という訳です。


 なにしろ、貴族同士の結婚は家と家を繋ぐ重大事であると同時に、家門のメンツ(・・・)にも関わってきますからね。


 結納金の額が少ないと、周囲から安く見られかねません。


 多少無理してでも、どっさり結納金を支払うのが、高貴なる血筋に相応しい振る舞いとされています。


 そして、ピエトロ様は伯爵家の当主でありますし、いかに格下の騎士(嘘ですけど)とはいえ、相応の金額を積まねば、伯爵はケチだという悪評が付きかねません。


 しかし、花婿側が結納金を拒絶したとなれば、話は変わってきます。


 払うべき大金を払わなくてよいとなれば、もう憂いは何もない。


 そんな感じが、ピエトロ様からは漏れ出して参りましたわね。



(フフッ……、これが罠へ誘い込む第一歩だとも知らず)



 私は心の中でほくそ笑み、獲物が蜘蛛の巣へと踏み入ったのを確信しました。


 愚かなり。二十年分の負債の支払い、決して安くはありませんわよ。

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