10-32 式場の手配
めでたく結ばれましたゴスラー様とマリアンヌ。
二人の新たな旅立ちを祝福してあげるのが、長年の友人でもある私の務め。
(……などと言う事はなく、これもまた仕込み。二人の絆をより確かなものにすべく、私は全力を尽くす。そう、次のお仕事は“借金の回収”ですから!)
まずは計画の第一段階は終了。
これでマリアンヌの持つ未覚醒の魔術が発動する条件は整いました。
それを補強する意味での、結婚式の式場予約というわけです。
あとはその熱を帯びた絆を保持したまま、侯爵領で“ひきこもり”をしていただく事により、ゴスラー様の魔術も目覚める。
そうなれば、借金全額回収どころか、利子付きで戻ってきます。
(まあ、元本だけ、利子はなしと明言した以上、利子は取りませんけどね。他で回収しますから)
商人にとって契約は“絶対遵守”ですからね。
約束を取り決め、契約を交わした以上、それを破るような真似は致しません。
そして、借金回収を確かなものとするために、仲人として式場の下見。
と言っても、やって来たのは港湾都市ヤーヌスの教会。
そう、あの司祭様がおられる教会です。
「おお、天使殿ではありませんか! 本日はどういった御用件で?」
当然、話しかけてきたのは教会の司祭ヴェルナー様。
私にとっては義理の伯父であり、娼婦としての上客。
色々と信仰に狂っている御方ですが、その知性はずば抜けて高く、私ですら出し抜かれる事もある程です。
結婚とは、一組の男女が神の前で永遠を誓う儀式でありますから、教会を式場に選ぶのは常識。
まあ、大貴族ともなると、屋敷にある個人の礼拝堂に神職を呼んで、そこで挙式される方もありますが、それではダメと考えているのが今回の結婚式。
ゴスラー様とマリアンヌの結婚式は、大々的に喧伝するべきと考えたからこそ、侯爵家の私的な礼拝堂ではなく、街中にある教会を選んだわけです。
このヴェルナー司祭様も、そういう意味では協力的でしょうし。
「今日は司祭様にお願いがあって参りました」
「うむ。聞こう。天使殿よりの依頼とあれば、神の信徒の一人として断れぬ」
相変わらずの誤解。
天使の憑代、という嘘が未だに生きていますわね。
まあ、誤解しているのであれば、そのままでもよろしいのですけどね。
「今日参りましたのは、友人の結婚式の手配ですわ」
「おお、それはめでたい。また一組の男女が、神の前で永遠の愛を誓うのか」
そして、どこか遠くを見つめるヴェルナー司祭様。
まあ、この人も最愛の妻を亡くし、信仰の道に身を捧げた方ですからね。
色々と思う事はあるのでしょう。
「で、その友人というのは、司祭様もご存じでしょうが、修道院にいるマリアンヌでございます」
「ああ、マリアンヌ殿か。マクディ伯爵家の御令嬢であったが、顔の傷が元で修道院に入れられ、ずっとそこで暮らしていた。少し昔を思い出すのう」
ヴェルナー司祭様も隠居して修道院に入り、修行を積んだ身の上ですからね。
当然、マリアンヌとは顔馴染み。
と言っても、修道院内は男女の別がありますので、そこまで接点はなかったはずですが、名前や簡単な素性だけでも知ってくれて話が早いですわね。
「彼女が結婚する事になりましてね。一応、私が仲人役ということで、式場の手配をという訳です」
「なるほど、そういうことでしたか。して、花婿はどちらの方で?」
「アールジェント侯爵家のゴスラー様です」
「おお、あの女たらしか! ついに身を固める気になったというわけですな!」
侯爵相手に女たらし呼ばわりとは、さすがは司祭様。
言う事は過激ですが、ゴスラー様なら笑って流してしまうでしょうね。
「あやつも今少し早くに生まれておれば、もっと早くに結婚できていただろうにな」
「そうなのですか?」
「お忘れか? 大公女アウディオラ様を賭けた武術大会の事を」
「ああ、ありましたわね、そんな事が」
少し昔の話ですが、まだ先代大公がご存命の時、娘である大公女アウディオラ様を賭けて武術大会が開かれた事がありました。
優勝者に大公女を嫁がせる旨を広く宣伝し、他国からも腕自慢がやって来て、数々の名勝負を生み出した盛大な大会でした。
結果はチロール伯爵ハルト様の従甥ルーポゥが優勝し、アウディオラ様と結婚され、二人の間に生まれてきたのがユリウス様。
私の妹分ジュリエッタの上客ですわね。
「そう言えば、ゴスラー様もあの大会に出場していましたわね」
「ああ。十四歳の少年騎士でありながら、並み居る強豪を次々と下し、大会のダークホースと大いに盛り上がった」
「で、確か準々決勝でルーポゥ様と戦って敗れた、と」
「後の戦いを見ると、その一戦が実質的に決勝戦であったがな。あの戦いに勝っていれば、あるいはアウディオラ大公女をものにできたのは、ゴスラー殿であったかもしれん。もう少し早く生まれ、体格が大人のそれに仕上がっておればあるいは、とな」
そうなっていれば、フェルディナンド陛下との今以上に強い縁故が出来ますわね。
陛下の御妃グローネ様はゴスラー様の妹。
もし、ゴスラー様が武術大会で優勝していれば、陛下の姉君であるアウディオラ様と結婚していたでしょう。
今以上にガチガチの義兄弟になりますわね。
「それから、ゴスラー殿は修行の旅と称して各地を放浪する事になったが、行く先々で女と浮名を流すようになった」
「まあ、腕利きの騎士で、名門の侯爵家の縁者となりますと、それはそうでしょう。しかも、眉目秀麗な貴公子ですし」
「だがな、あやつは基本的に根が真面目なのだよ。言うなれば、見せたい夢を周囲に見せ、自分もまた夢の中に沈む。そう言う感じのな。だから、騎士として腕を磨く事に手を抜かぬし、惚れる女がいれば愛を囁く歌声を聞かせる」
「なるほど、そう言う見方もありますか」
「もっとも、侯爵家の家門を継ぐことになり、現実に引き戻されてしまったがな。夢の住人である以上、現実には弱い。夢は夢のままであるべきであった」
ヴェルナー司祭様の言葉に納得してしまいました。
たしかに、ゴスラー様は夢で描いた騎士そのもの。
容姿端麗にして、家柄も良く、しかも腕っぷしも確かな貴公子。
騎士物語に出てくるような、邪悪な存在から姫を助ける騎士ですね。
だからこそ、領主などという現実的な話には弱い。
司祭様も常人とは違う視点で眺めていたようで、改めてその見識の深さに敬意を生じさせてしまいましたわ。
(私との不埒な関係がなければ、本当に完璧な聖職者ですわね)
まあ、それはそれ。
未だに誤魔化しを通している私が言っても仕方がない事です。
やはりこの方に二人の結婚式を任せても、間違いなさそうですわね。




