10-26 諦めたらそこで終了
「何度も何度も告白しろ! 熱い鉄こそ形を変える! 冷めていると言うなれば、熱意を以て温めてやるのだ!」
これがアロフォート様がゴスラー様に向けた助言。
なにしろ、口説き落とす相手はマリアンヌですからね。
私の幼馴染みとして三十年の付き合いがありますが、とにかく心を閉ざしております。
火事で顔に大きな火傷を負い、それが元で家族から疎まれ、挙げ句に実兄から修道院へと押し込まれる始末。
これで心を歪めるなという方が無理な話。
その固く閉ざされた氷壁を溶かす炎とは、すなわち“情熱”!
その熱量で氷を溶かし、軟やかな風を吹き入れろというわけですね。
「ん~、アロフォートの意見も分かるが、それでいけるのだろうか?」
「何を仰られるやら。歴史ある侯爵家の当主とあろう御方が、失敗したらどうしようなどと消極的な姿勢をいかがいたしますか!? 女一人、その心を開かせずして、よくもまあ社交界一の貴公子だと名乗れますな!」
「好き好んで、名乗っているわけではないのだがな。周囲が勝手に持て囃しているだけなのだが」
「それでも、です! 各地で浮名を流し、麗しの淑女から引く手あまたなのが、ゴスラー様ではありませんか。己の得意とする分野で、戦わずに負けるというのであれば、それこそ、侯爵家はお先真っ暗。潰える未来しかありません。それでよいと仰られるのか!?」
さすがはアロフォート様。侯爵相手に歯に衣を着せぬ物言いは、さすがでございますわね。
この胆力、度胸があればこそ、六十手前にしてなお冒険家気取りで他国へ赴き、商売を続けているのでしょうね。
「負けた時の事など、考えてはなりません。勝って華やかしい未来のみを思い浮かべてください。それこそ、あなた様には相応しい」
「ハッハッハッ! そう思うか、お前は!」
「アールジェント侯爵家は“銀侯爵”! 銀は月より零れ落ちた涙の雫と申します。その輝きは闇夜を照らし、沈む淑女の心にも光を差し入れる事でしょう」
「おお、いいぞいいぞ! もっと褒めろ!」
「あとはゴスラー様の心がけ次第。きっと、闇に捉われし修道女を、その闇より引っ張り上げる事でありましょう」
「うむ! しかと心得たぞ! アロフォートよ、感謝する!」
先程まで生まれて初めて女にフラれ、沈んでいた気配が完全に吹き飛びました。
勢いよく席を立ちましたゴスラー様は、高笑いと共に小走りで部屋を飛び出していきました。
意識が固まった以上、もうこちらが手を差し伸べる必要もありませんね。
「さて、これでさらに面白くなってきたかな」
「アロフォート様、やはりからかっておいででしたか」
「当たり前だ。他人の色恋ほど、見ていて面白い“喜劇”と“悲劇”はないからな!」
「とんだ御人ですわね」
まあ、娯楽として今回の告白劇を見るつもりなのでしょうが、それでゴスラー様のやる気が戻ったのですから文句はありませんわ。
むしろ、感謝申し上げてたいくらいですわね。
「して、勝算ありとお考えでしょうか?」
「おそらくは何十回と塩対応されることだろう。しかし、諦めない心を得た以上、相手が折れるまで打ち続ける。『百一顧の無礼』になろうともな」
「相手に対して、大変迷惑、もしくは無礼となりますが?」
「なぁ~に、これもまた修行の一環だて」
「あ~、修道女はその身を神に捧げ、無心による祈りを是とする。つまり、ゴスラー様は邪道(結婚)に身を落とそうとする、悪魔の化身というわけですか」
「いかにもその通り。悪魔の誘惑を跳ね除けれるかどうか、これを修行と言わずになんと呼ぶべきかな?」
めちゃくちゃな理論ではありますが、無理筋な話というわけではありません。
修道院に身を置く者が目指すのは、まさに“無心”の境地なのですから。
俗世から離れ、祈りを捧げ、神との対話を志す者が集う場所。
例え異物が入り込もうとも、心惑わされる事無く修行に打ち込んでこその修行という訳ですか。
「それで、アロフォート様は今回の一件、どう決着するとお思いで?」
「さてな。それこそ、“神のみぞ知る”というやつではないか?」
豪快に笑って我関せずという態度。
結果がどうあれ、面白い見世物だといわんばかりですね。
私としましては、借金の回収の件もありますので、事が上手く運んでくれる事を願うばかりではありますが、結果がどうなるかは確かに今の段階では分かりませんね。
(色恋の駆け引きは時に“我慢強さ”や“しつこさ”を要求される事もありますからね。はてさて、ゴスラー様の“しつこさ”が勝つか、マリアンヌの“無心の境地”が勝るか、どうなるでしょうね)
これ以上は手の出しようがありませんし、あとは黙って見守る事に致しましょう。
本当に結果は、神のみぞ知る、ですわね。




