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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第10章 金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
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10-22 仕込みは既に終わっている

 その後、ゴスラー様をお見送りした後、“魔女の館(わがや)”へと戻りました。


 その間、ジュリエッタはずっと沈黙を守っておりましたが、どうにも解せない様子ですわね。


 顔色を見れば、「業突く張りなヴェル姉様が、借金の肩代わりなんて大甘すぎる」と書いていますわ。


 まあ、普段の私からすれば、表面的には大甘に見える事でしょう。


 ですが、勝機のない戦いに挑むほど、私は物好きではありませんわよ。



「んで、どういうつもりなんですか? 回収するあて(・・)があると?」



 居間でソファーに腰かけるなり、いきなりの質問です。


 まあ、ジュリエッタが不思議に思うのも無理からぬ事ですわね。



「あてはありますよ。マリアンヌが払ってくれますから」



「はい? だって、彼女は財産なんてないですし、実家との関係も絶たれていますから、どこを捻っても、金貨一枚だって出ませんよ!?」



「いえいえ、“体”で払ってもらいますから」



「……まさか、この前話していた“修道女のような娼婦”って事ですか!?」



 カトリーナお婆様曰く、完成された娼婦とは、修道女であるとの事。


 勤勉で、文句も言わず、享楽に身を落とさない都合の良い女。


 管理する側からすれば、これほど仕上がった娼婦はいませんわね。


 ですが、それはマリアンヌには不可能。


 なぜなら、その客すら寄り付かない醜女しこめなのですから。



「金を払って、マリアンヌさんを抱く男などまずいませんよ?」



「そりゃそうですよね。あの顔ですから」



「でも、彼女には武器がある。そう、“女としての武器”がね」



「女の武器っていっても、それこそ、“顔”と“持参金”ですよ? そのどちらも持っていないのが、今のマリアンヌさんなんですから」



 普通に考えればその通り。


 女の武器はまず”容姿”。


 美女には男が群がるものです。


 そして、次に持参金。


 家格が大きな家門の出身ですと、見栄を張って嫁に出す際の結納金を弾んでしまうものなのですから。


 当然、その結納金目当ての結婚話も、結構転がっていたりもします。


 何かしらの問題で婚期が遅れ、行き遅れになってしまった娘をどうにか嫁がせようと、家格に釣り合わない多額の結納金を積んでしまう。


 そういうお話です。


 結婚するとなると、やはりこの二つの要素、“顔”と“金”が大きい。



「ジュリエッタの危惧するように、マリアンヌはどちらも持っていない。顔には大きな火傷、持参金の類も実家の伯爵家と絶縁状態なので無理」



「ええ、そうです。武器がどちらもなまくら(・・・・)で、使い物になりません。なので、結婚なんてそれこそ不可能です」



「だからこそ、そこはゴスラー様の腕の見せ所。結婚を望めぬ闇落ちした女性に光を差し入れ、修道院という牢獄から連れ出し、引っ張り上げて夫婦となるのですから」



「無理だと思うし、仮にそうなったとしても、借金の返済には結びつかない」



「ふむ……。ちなみにジュリエッタ、借金返済に結びつかない理由とは?」



「単純です。返済に当てられる金がないし、稼ぐ方法に乏しいからです。侯爵家ご自慢の銀鉱山も枯渇してますし」



 そう、ジュリエッタの意見は正しい。


 返せるあてのない借金は愚策。


 搾り取ろうにも、搾り取るものがなくては話になりません。


 だからこその“裏技”。


 多分、事が明るみに出た際には、パリッチィ銀行から怒られるでしょう。



(まあ、それを黙らせるだけの利益を渡すつもりですから、フランヴェール支配人には今回の一件だけは目を瞑っていただきましょう)



 こここそ、貸しの使いどころというのが私の判断。


 好ましい手段とは言い難いですが、金と、女と、信義と、その全てを得ようとすれば、多少の無茶も許容せざるを得ません。



「……ま、ジュリエッタの心配も当然だけど、今回に関しては大丈夫よ」



「本当にそうなのですか? 金を回収できる仕込みは終わていると?」



「ええ。まあ、仕込んだのは私ではなく、マリアンヌの御父君ですけどね」



「はて? もう亡くなってますよね、その人」



「そうよ。でも、仕込みのタネは生きている。なにしろ、契約は“絶対”ですからね。契約内容に反しない限りは、効力を発揮するのが“契約”ですから」



 まあ、カトリーナお婆様の使う魔術【絶対遵守フィサティオーネ】と違って、魔術的な強制力がない普通の契約ではありますがね。


 普通の商取引上の契約書。


 しかし、まだその契約が切れていない事は、すでに“銀行の委員会”で確認済み。



(そして、何よりも重要なのは、その契約の内容を“マリアンヌの実家”が把握していないという事! もし、“あの契約の内容”を伯爵家の人間が知っていれば、身柄を修道院に預けるのは不自然ですからね。おそらくは、亡きマリアンヌの父君が周囲に伏せて用意した“隠し財産”なのでしょう)



 だからこそ、取りっぱぐれる事はないというのが私の考え。


 もし、実家筋が文句を言って来ても、それを退ける準備をしておくのが、むしろ今回の私の役目。


 あとは、ゴスラー様の心がけ次第。


 見事、心を閉ざしたお姫様を拾い上げてください。


 そうする事によってこそ、我々の利益と、マリアンヌをないがしろにした実家の伯爵家を懲らしめてやれるのですから。



(仕込みはとうの昔に終わっている。しかし、それを動かし得る理由や実行者がいなかっただけ。そして、ゴスラー様がこの話に本気で乗っかった時点で、その条件は満たされた! だから、お願いしますよ! 必ず口説いてみせてください!)



 金、女、信義、そのどれもが賭けのテーブルの上に乗りました。


 それがどういう動きを見せ、誰の手に落ちるのか?


 それは開けて見ねば分からない宝箱。


 そして、宝箱の鍵は貴公子と醜女しこめの間に育まれる“愛”。


 どういう結果が出てくるのか、後は静かに待ちましょう。

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