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魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第2章 名医になる予定の男
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2-3 貧民街

 アゾットと知り合った次の安息日、早速その自宅へと足を運んでみました。


 と言っても、そこは貧民街ビドンビーレ。私一人で赴ける場所ではございません。



「だからと言って、僕を連れてきますか」



「文句を言うな、ディカブリオ。恩義を受けたらば、恩義にて返すのが当然でありましょうが」



「まあ、それは確かにそうなのですが」



 いささか文句を言いつつ、私に随伴しておりますのは従弟のディカブリオ。


 ファルス男爵の称号を受け継いだばかりの駆け出し貴族でございます。


 ディカブリオの父、つまり私にとっての叔父が早々と隠居して、家督を息子に譲ったため、二十歳にも満たぬ若者が現在男爵家の当主となっております。


 まあ、私からすれば、所詮はハナタレ小僧のようなもの。


 未だに姉上姉上と言っては、後を付いてくるのです。



なりは立派でも、もう少しシャキッとして欲しいわね。さっさと結婚でもさせて、家庭を持たせた方が心に張りができるかしらね)



 実際、ディカブリオはかなりの巨躯です。


 女性の方ではなかなかの長身の私ではございますが、ディカブリオは更に頭二つ分ほど大きい。


 納まりの悪い茶髪を風になびかせ、歩く様はまさに巨人のごとし。


 見る者を圧倒するでしょう。


 治安の悪い貧民街ビドンビーレを平然と歩けるのも、この大きな護衛がいるからこそです。



「やれやれ。男爵を護衛兼荷物持ちとして帯同させるなど、国広しと言えども、姉上くらいですよ」



「名誉に思え、男爵殿。国一番の魔女の供回りなのじゃぞ」



「国一番の魔女は婆様ではありませんかな?」



「……お婆様もそろそろ危うい。このところ、寝たきりになる事も増えてきた。今は妹分のジュリエッタに看病を任せているが、そろそろかもしれん」



 方々にその名を轟かせましたるあの“大悪女”も、寄る年波には勝てないご様子。


 かつての活力と知性のあふれる姿を知る者としては、今の祖母はまるで別人。


 せめてジュリエッタが一人前になるまではと、私以上に熱心に教育なさろうとはしておりますが、身体の方が付いて来ないようです。


 いよいよ“魔女”の看板を本当に襲名する時が近付いてきていると思いますと、寂しく感じてしまうものです。



(まだまだお婆様には遠く呼びませんからね。裏では国政にまで影響を及ぼしていたとさえ言われるお婆様の実力、果たして私はどこまで近付けるのか)



 年月というものは、積み上げてこそ価値のある重厚さを生み出します。


 しかし、積み上げすぎるとバランスを崩して倒れるものです。


 “老い”とは、すなわち“塔”のごとし。高くそびえてこそ見栄えはするが、高くなりすぎると神様にへし折られる。


 お婆様もまた、神の御許へと旅立たれる日も近付いてきています。


 それまでにまだまだ学び取らねばと、気張っている今日この頃です。



「それにしても臭いですな~。掃除が全然行き届いていない」



中心街チェントロチッタとは違うのじゃぞ、ここは。そんな掃除する奴なんぞ、おらんわい。むしろ、先日の雨のおかげで、溜まっていた汚泥が流れ出て、まだマシなくらいじゃ」



「姉上も慣れておりますな」



「裏仕事で来ることもありますし、もっとキツイ(・・・)死臭漂う場所にも出向く事もありますのでね」



「あまり危険な事はしないで下さいよ。いくら大公嗣子殿下からのお達しであるとはいえ、姉上も年頃の女子なのですから」



「心配せんでもいい。人間、死ぬときは死ぬのじゃ。遅いか、早いか、それだけのこと。どうせなら太く生きたいと、常々思っているのじゃから」



「僕としては、姉上には細くとも長く生きて欲しいのですがね」



「いいや。太い上に長く生きるのが、私の信条じゃよ」



「さすがは姉上。婆様に負けず劣らず業突く張りです」



「誉め言葉と受けておこう」



 そんなこんなでいささか臭う街中を二人で進み、アゾットより教えられました住所に到着しました。


 そこはみすぼらしい共同住宅インスーラ。築年数もかなり経っていそうな中々に年季の入ったボロボロの多層住宅です。


 その五階建ての最上階の一番奥が、アゾットの住処だと聞いていました。



「なんともぼろい住居ですな。歩くだけでギシギシ床がきしみますよ」



「お前が重過ぎるのじゃよ。気を付けるのじゃぞ」



「では、少しでも軽くなるために、籠を一ついかがですか?」



「バカ申せ。荷物持ちが荷物を手放すなんぞ、職務怠慢じゃ」



 まあ、確かにぼろい。


 周囲の建物を見ても、この建物は特にぼろい。


 それだけ安いとも言えなくもないが、それだけに住人の質も悪そうです。


 住処を見れば、その者のおおよその力量が計れるとは聞きますが、アゾットのような少年の稼ぎではこれが手一杯なのでしょう。


 野宿でないだけマシ、くらいな感覚でしょうかね。


 そして、ようやく最上階の一番奥に到着しました。


 この手の物件は最上階ほど安い。


 建物から出るのに遠いので、普段使いが悪い上に、火事などでも逃げ遅れる可能性が上がるからだとか。


 その一番奥と言う事は、底辺の中の底辺といったところでしょうか。



(食べ物をまず求めるのも、無理からぬ事か)



 妹に腹いっぱい食べさせてやりたいのだが、この住まいの状況を見る限り、それこそ、夢のまた夢なのであろう。


 まあ、今日はそれを叶えてやるためにやってきたのですけどね。


 そして、扉を叩きました。


 コツンッ、コツンッ、コツンッ!



「誰ですか?」



 少ししますと、扉の向こうから女の子の声がしてきました。


 おそらくは、アゾットが話していました妹でございましょうか。



「急な訪問、失礼いたします。こちらにアゾットと言う方はいらっしゃいますか?」



「お兄ちゃんに何か御用ですか?」



「おお。では、あなたがアゾットの話されていた妹さんですね。私は以前、お兄さんにお世話になったヌイヴェルと言う者です。以前お世話になったのお礼にと、食べ物を持ってきました」



 すると慌てて鍵を開け、扉を勢いよく開け放たれました。


 姿を見せましたる少女は、なんともみすぼらしい姿をしておりました。


 ボサボサで艶の無い蜂蜜色の髪に薄汚れた顔や服装、貧民街ビドンビーレの住人だと一目で分かるほどです。 


 食べ物、に反応したのでしょうかね。視線は私などよりも、ディカブリオの持っている籠の方に釘付けです。


 正直でよろしい。


 まあ、いくら高尚な存在であろうとも、“食欲”には抗えませんので。


 さて、ささやかながら、宴と参りましょうか。

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