10-19 三つの約束 (2)
「では、その“三つの約束”とやらの内容を聞こうか」
私の提案に乗ってきましたゴスラー様。
三つの約束を守れば、借金についての猶予を得られるのですから、まあ、当然の選択でしょうね。
(ゴスラー様が抱える債務を私が全て買い取り、借金返済を私に一本化。これで余計な横槍を気にせず、侯爵家への干渉を行える)
もちろん、借金の返済ができるのでしたらばそれに越した事はありませんが、債務不履行となった場合、私がゴスラー様への優越権を手にするのと同義。
アールジェント侯爵家へ合法的に介入する権利を得ます。
政治や経営の才のない当主を操り、侯爵家を作り変え、再建する道筋を立てる。
面倒ではありますが、このまま放置しておけば早晩、侯爵家は崩壊しかねませんからね。
そうなると、困るのは目の前のゴスラー様であり、同時に義弟でもあるフェルディナンド陛下。
身内が借金取りに追われて、名家を潰したとなると対外的に格好がつきません。
それを回避するための予防的措置。
もちろん、相応の報酬はいただくつもりではありますが。
「まず、一つ目の条件ですが、先程の修道女マリアンヌを嫁に迎える事」
「修道女を娶れというのも、なんだか奇妙な話だな」
「元は伯爵令嬢ですので、身分的な問題はありません。なにも従弟のように、貧民街の娘を娶れと言っているわけではありませんので」
成り上がりの男爵家である我が家でさえ、貧民出身のラケスを嫁入りさせようとした際に、色々と奇異の視線で見られましたからね。
まあ、結局は花嫁の兄であるアゾットの活躍もあって、“天下の名医を身内として迎えるために妹を嫁入りさせた”という体に収まりました。
貴種は貴種同士で結婚すべき、というのが貴族の間では当たり前の結婚観。
個人の好み云々よりも、“家同士の繋がり”を優先しているのですから、恋愛結婚よりも政略結婚が主流になるのは当然の結果です。
なので、貴族同士の結婚であっても、なるべく階位の近い家同士の結婚がまた多いのです。
今回にしても、ゴスラー様は侯爵家の当主で、マリアンヌは“元”とはいえ、伯爵家の御令嬢ですから、この点では問題がありません。
「しかし、疑問なのだが、彼女と結婚する事と、私の借金にどう結び付くのだ? あれか、結納金でもあるのか?」
「いいえ。彼女は修道院に入った段階で、“自分の体”と“伯爵家の身内という肩書”だけが財産でございますよ」
「だよな。しかし、その“自分の体”は傷物で、だからこそ捨てられた。そして、実家筋は修道院に放り込んだ後、連絡一つ出さない絶縁状態。当然、結納金云々の話なんぞ、知った事かという態度だろうな」
結婚に際しては、嫁の実家が婿の家に“花嫁の当面の生活費”を名目にして、相応の額を収めるのが慣習として存在します。
特に貴族の家柄ほどこの傾向が強く、女が生まれるのを嫌がる人も多いくらいなのです。
庶民であれば、祝い酒や美物程度で済ませますが、貴族の家門となると結納金の多寡で“家門の格”を示す事になりますので、あまり少なすぎるとたちまち悪い評判が飛び交う事になります。
メンツが何より重要な貴族ですから、これはかなりの痛手となり、それを回避する意味でも、結納金の金額はむしろ見栄を張るレベルで出してしまうのです。
「そうだというのに、魔女殿は借金を肩代わりしてくれるのが奇妙だ」
「まあ、結納金はこの際、考えない方が良いでしょう。ゴスラー様もそれはお諦めくださいませ。別の方策で借金は回収するつもりですので、その点では心配しておりませんわ」
「別の方策、というのがまた怖いな。まあ、魔女殿の事だし、何か良い策でもあるのだろう」
納得していただいたようなので、何度も頷いて来られました。
これで一つ目は承諾。
「では、二つ目の約束ですが、マリアンヌを花嫁として迎えるに際して、“恋愛結婚”で迎え入れるようにしてください」
「ほほう。これまた常道を外してくるか」
貴族間の結婚は、“家同士の繋がり”が何よりも優先されるため、“政略結婚”が当たり前です。
何かしらの理由で家同士の結び付きを強めようと画策し、その“絆の強さの証明”として、婚儀が成されるのが通常。
もちろん、“人質”として花嫁を要求する場面もありますが、とにかく貴族同士の結婚は常に政略が絡んできます。
庶民のような恋愛結婚など、それこそ数えるほどしかないのが実情なのです。
「そこで、“恋愛結婚”を成就させるため、ゴスラー様の最強の武器を封印させていただきます」
「私の武器だと?」
「はい。今、お手元にございます頭巾、それを常に被っておいてください。マリアンヌを口説くに際しては、必ず顔を隠してお願いいたします。つまり、二つ目の約束は、“素性を知られる事無くマリアンヌを口説き落とす”となります」
女を口説く、これはゴスラー様の最も得意とするものです。
腕利きの騎士として馬上槍試合で名を馳せ、吟遊詩人として愛を囁く。
社交界一と謡われるほどの美男子で、容姿は文句の付けようもない眉目秀麗。
おまけに今は伝統と歴史のあるアールジェント侯爵家の当主。
これに口説かれて落ちない女性はおりません。
(ゆえに、これでは“恋愛結婚”は成立しません。必ず邪な感情が入り込んでしまいますので。玉の輿を狙う、これをマリアンヌから排除しつつ、金と権力と暴力で女をものにする、これをゴスラー様から奪う)
両者がそれぞれ封じられ、“真心”以外をもって愛情が成立する余地を消す。
これで恋愛結婚の下地が出来上がります。
(最強の武器を封じられましたらば、ゴスラー様の持つ武器は“心”と“歌声”だけ。どうぞ熱心に彼女を口説き落としてください)
当然、容易ではありませんけどね。
なにしろマリアンヌは二十年近くも修道院に押し込められ、神との対話だけを拠り所にして生きてきた、いえ、存在してきたのですから。
そこの素性の知れない男が現れ、いきなり口説こうとして来るなど、疑心を呼び起こす以外の何者でもありません。
しかし、それを突破してこそ、本当の愛情が芽生えるのですから。
その点は、本当に頑張ってくださいね、ゴスラー様。
あなた様とマリアンヌ、互いに認め合い、愛情が成立し、夫婦になった瞬間こそ、私の策が動き出すのです。
得意の美声で、どうぞ彼女を虜にしてやってくださいな♪




