10-16 いざ、修道院へ! (2)
馬車に揺られて赴く先は、郊外にある修道院。
俗世を離れ、修行に打ち込む者が集うある種の隔絶された世界。
修行に打ち込み、雑念を払い、神との対話を志す者の住処、それが修道院と呼ばれる場所なのです。
いささか古ぼけた建物がいくつか並び、その周りには畑が広がっております。
ともすれば、農村に見えなくもありませんが、食料の調達という意味もありますので、こうした畑もまた重要。
教典や儀式の作法の習得を主目的とした神学校とは、そこが違うのです。
自給自足と多少の寄進のみで成り立っておりますので、表面的にはみすぼらしく見えるでしょうが、より実践的な修行を積めますので、神学校よりも修道院出身の神職の方が“深い”場合があるのでございますよ。
(もっとも、世俗との係わりを完全に断つため神職にならず、修道士として一生修行に身を捧げる人も多いのですけどね)
これから会う女性もまた、そんな一生を捧げた、いえ、|捧げざるを得なかった方なのですから。
「そういえば、魔女殿、その修道院とやらには関係深いのか?」
遠目に見えてきました修道院を車窓から眺めながら、ゴスラー様が尋ねてきました。
あまりこうした場所に縁がないのか、興味がおありのようですわね。
「まあ、私はたまに差し入れをする程度でございますが、むしろ入れ込んでいたのはカトリーナお婆様の方ですわよ」
「ほほう、大魔女が修道院に? なぜ、また?」
「そりゃあもう、各地にある修道院の書庫などというものは、“禁書”の山ですからね」
「そうなのか!? 神との対話の場所に、禁書の山だと!?」
「神との対話をするからこそ、“禁書”が山になるのですよ」
そう、これは意外と知られていない事実。
修道院は修行の場であり、神との対話を志す者の居場所でございますが、その修行方法の最たるものは“無心”。
心を世間から隔絶させ、完全に神に対してのみ意識を向ける。
それこそ、“一心不乱”の境地に到達してこそ、神の声が聞こえると考えられてきました。
今、目の前で畑仕事に従事し、鍬を振り下ろしている姿もまた“無心”。
何も考えず、ただ畑を耕し、その先に“無心”があると考えればこそです。
そうした修行の一環として、特に重要視されているのが“写本”。
“一心不乱”に文字を書き写し、それこそ本一冊を書き写すのには、相当な時間と労力を必要とします。
そこに“本を読む”などという雑念は必要なく、ただひたすらに“書き写す”事にのみ集中すると言う訳です。
「なので、修道院に昔からある書物は、多種多様なのです。それこそ、魔女狩りが横行しておりました魔女にとっての暗黒時代にもまた、多数の魔導書がそのまま保管されていたというわけです」
「なるほど! “読む”のではなく、“写す”事に重きを置いているから、本の中身などむしろどうでもよい。どうでもよいからこそ、書き写している本が“禁書”であろうとも、気にも留められなかったという事か!」
意外な事実の発見に、ゴスラー様も驚いておられるようですわね。
まあ、魔女狩りが横行していた時代、魔女の持ち物はそのことごとくが焼き尽くされてしまいましたからね。
無論、各地の魔女が蓄えていた知識、研究書も当たり前のように“悪魔の知識”として焚書されてしまいました。
しかし、生き残りはどこにでもいるものです。
修道院に保管されていたそれらの書物は、まさに昔の魔女が後世に知識を残さんとして紛れ込ませた“窮余の策”。
そして、それに気付きましたのが、私のお婆様というわけです。
「はへ~、婆様やヴェル姉様の知識や魔術の源泉は、まさか修道院からだったとは驚きです!」
「カトリーナお婆様は各地の修道院を回り、魔女の素顔を隠して“熱心な信徒”として修道院に寄進をし、書庫に入り込んだのです。そこには無論、書き写された“禁書”の山があったのですから、きっと涎を垂らしていたでしょうね」
「世間一般では価値のない焚書、禁書の本であっても、魔女にとっては値千金の魔術の奥義書というわけですか!」
「修道士にとっては、そんな何の価値があるのか分からない書物より、お婆様が持ち込んだ塩魚の方が、余程価値のあるものなのですよ」
「んで、めでたく交換、と」
「時には、写本を促すために“紙”を差し入れていたりもしたそうですよ」
「クフフ、“神”との対話を求める者が集う修道院で、悪魔の手先である魔女があろうことか“カミ”を差し入れって、とんだ皮肉ですわね!」
冗談とも皮肉とも取れる話に、ジュリエッタもゴスラー様も大笑い。
実際、お婆様もにこやかな笑みと共に、心の中では舌を出して、“カミ”を皮肉っていたのかもしれませんね。
(そう、そここそが大魔女を大魔女たらしめます真骨頂。【絶対遵守】による強固な契約魔術ですら、その余技に過ぎない。知識の探究者である魔女にとっては、その“知識”こそが最大の武器! それを貪欲に集め、『禁書目録』を手にしたからこそ、お婆様は史上最強の魔女なのですから)
もちろん、私もお婆様が集めました“禁書”に全て目を通し、記憶しておりますが、それではまだ不十分。
どちらかというと、集める事に精力を注いだお婆様に対し、それを活用する事に重きを置いているのが私。
しかし、これはお婆様からの宿題でもあるような気がしてなりません。
「真理の扉を開く“鍵”は用意しました。さて、ヴェルや、あなたは一体、どんな世界を見出すのでしょうかね?」
そう耳元で囁かれている気がするのです。
お婆様は“雲上人”と何らかの契約を交わし、世界が魔女にとって住みやすいように作り変えてしまわれた。
おかげで、私のような魔女が生きる事の許された時代にになりました。
魔女を平然と名乗れるようになったのが、今の世界というわけです。
それを作り出したのは、間違いなくお婆様の功績。
では、その“魔女の後釜”である私には、一体何ができるのか?
あるいはそれこそが、私の生きる意味、絶対的な価値感なのかもしれません。
そんな“魔女の源泉”である修道院に到着。
もっとも、そんな大層な事は隅に置いておいて、今は浮ついた貴公子を矯正するところから始めましょう。
大事を成すには、まず手近なところから。
物事の基本ですわね。




