10-11 酒の席の話 (5)
完成された者など不要。
不完全であるからこそ、それを補い、成長するというのが支配人たるヴィットーリオ叔父様の持論。
それには私もジュリエッタも全面的に賛成です。
まあ、それもこれも、ここ『天国の扉』が高級娼館であり、我ら二人が相応の稼ぎを店に提供していればこその“わがまま”。
多くの娼婦が、そんな不完全な存在よりも、完成されて管理しやすい娼婦であるべきだと強要されているのですから。
「しかし、娼婦の大半はそちら界隈なのは仕方のないことでございますわね。安売りの女、一夜ひとときの逢瀬という点では私達と変わりませんが、支払う対価が文字通りの桁違いでありますからね」
そして、私は再び酒をグラスに注ぎ、それをジッと見つめる。
「高々一杯の酒と変わらぬ小銭で、身を売る者の多いこと」
「しかも、こんないい酒どころか、安い葡萄酒や麦酒一杯と変わらない金額でね」
よくまあそんなバカバカしい値段で商売できるものだと、ジュリエッタは呆れ半分哀れみ半分と言う感じで述べました。
もし、私やジュリエッタを注文すれば、それこそ上物の酒に換算すれば、ダース単位が必要になりましょう。
無論、それに見合うだけの悦楽を与える自信はございますよ。
「そういう安売りな店はあれだぞ。飲み代が主な売上となっている。客に酒を勧めて飲んで、気分よくなったところで事を致す。で、また酒を勧める。この繰り返しだ。娼婦の方も酒を飲ませて店に売上で貢献し、飲ませた酒代の一部が娼婦に還元される。娼館と提携してる商店で使える札を支給していると聞いたことがある」
「へぇ~、そんな感じになってるんですか。酒で売り上げを伸ばし、一部を還元する歩合制か~。下は下で、上手く金を回してるんですね」
ジュリエッタは素直に感心している様子。
どこにあろうとも、商売人はどこまで行っても商売人。金の回し方を心得ているものです。
娼館は酒と女を提供し、女は体で対価を得る。
得た対価で女は商店で必要な生活品を購入し、商店はまた娼館に物を卸す。スケベエな男達が落とす金によって、見事に経済を、金銭を回しております。
薄利多売を地で行くやり方と言ったところでありましょうか。
まあ、こちらは徹底した高級志向。
最上の女と憩いの空間を求めて、庶民では積めない銭の山を積んでまでも、いい女と過ごしたいという方の集まる場所。
修道女のごとき安売りの女と、貴婦人を気取る高嶺の女、どちらにも需要があるのがまた面白いですわね。
そして、どちらも締め上げようとする神の代理人達には、憤りと呆れを覚えます。
この俗世は欲望に満ちており、それを綺麗にして品行方正なる地上を作りたいのは分からないでもありませんが、罪を全て消し去れるほど、人間は進歩してはいませんし、今後も進歩するとは考えておりません。やり方は変われど、本質は変わらない、ずっと続いていくことでしょう。
人が存在し続ける限り、決してなくならぬ男と女の情事。睦み合うのか、貪るだけか、はたまたねじ伏せるか、やり方は色々ございますが、私もまたその中で対価を頂戴する娼婦というふしだらな女。
ですが、修道女のような娼婦になるつもりはございませんよ。楽しみもなく、ただ日銭を稼ぐだけの生活なんて、私には耐えられないでしょうから。
だから私は今日も磨く。体を、顔を、技を、知識を、そして、悪知恵を。すべては相手から富と悦楽を貪るために。
なにしろ、ここは享楽と退廃の園、すなわち娼館。
日頃の苦労や悩みを忘れ、悦楽と安穏を得る非日常の空間でございます。娼婦と客が巡り会い、どこのどちらであろうとも金子という対価をいただきますれば、精一杯のおもてなしをさせていただきます。
お望みならば、歌も音楽もございます。酒も料理も良い物を揃えてございます。もちろん、女も最上級の者をご用意いたしますわ。
皆様も是非、当店に足を運んで、金を落としてくださいね♪
そんなこんなで酒の力で気分は上々。
阿呆な司教様の悪口を肴に、夜は更けていきました。




