表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女で娼婦な男爵夫人ヌイヴェルの忙しない日々  作者: 夢神 蒼茫
第10章 金か、女か、信義を取るか? 全部取ります、魔女の企み!
289/404

10-9 酒の席の話 (3)

「修道院……、か。そういえば生前、カトリーナ様がそんな事を言っておったな~」



 ジュリエッタが発した“修道院”という言葉に反応してか、ヴィットーリオ叔父様が懐かしそうに語り始めました。



「まあ、私もな、元は伯爵家の次男坊だ。イノテア家に婿養子として入った以上、色々とやり方と言うものが変わる。まして、娼館の経営ともなると、それこそ人生初体験だ」



「でしょうね。それで、修道院とお婆様、どう結び付くと?」



 修道院とは、世間より隔離された修行の場であり、男女問わず世を捨て、神との対話を試みる者はここに入ります。


 修行を積み、人ならざる神や天使に導かれる日を待つ者の住処。


 ある者はい一生をそこで捧げ、更なる修業を積み、またある者は神職に転じて、他の人々も導こうとする。


 ヴェルナー司祭様は後者の立場ですね。


 神との対話を求めて爵位を息子に譲り、修道院に入られた後、司祭へと転じたのですから。



「そしてな、カトリーナ様がこう言ったのだ。『完成された娼婦とは、それすなわち“修道女”である』と。言われた当初はよく分からなかったがな。今では無論、意味は理解しておるぞ」



「なるほど、娼婦を修道女に見立てますか」



 これは面白いと、素直に感心致しました。


 娼婦と修道女、まさに真逆の存在ともいえる両者を等号で結ぶとは!


 まして、理想の娼婦を修道女と言い切るとは!


 さすがはお婆様ですね。目の付け所が違います。



「えぇ~、カテリーナ婆様がそんなこと言ってたの? 意外って言うか、無理って言うか……、とにかく、賛同しかねる意見だわ」



「そうか? 理由が分かれば納得ものだぞ」



「じゃ、それ、教えてくださ~い」



 そして、ぐびっと酒を飲み干し、また注ぎ直す。


 ピッチ上がってきましたわね、ジュリエッタ。


 まあ、たまには酒で理性を失うのもよいでしょう。



「いいか? “娼婦”と“修道女”、比べてみれば、これほど差異の大きい存在というのもない。 贅沢と享楽に身を落とす娼婦、節制と勤勉によって幸福を見出す修道女、まさに真逆と呼べるほどの方向性」



「そうそう、そんなの説明されるまでもなく分かる。問題は、カトリーナ婆様がなんでまた、理想の娼婦が修道女だと断じたかって話」



「娼婦の視点で見れば、疑問に思うであろうな。しかし、“娼館の経営者”からすれば、まさに修道女こそ娼婦の完成形なのだ」



「経営者の視点……。ああ、なるほど! 経営者かみにとって、勤勉で従順な娼婦なんて、それこそ都合の良い女! 理想とするのも納得ね!」



 酒が入っていても、理解力は衰えを見せない。


 さすがはジュリエッタですね。


 そして、ジュリエッタの意見には大賛成です。



「確かに、これは視点の問題ですわね」



「指摘されてみると、至極当然であろう?」



「ですわね。我々、娼婦の側からしたら、修道女になれって言われても、反発や忌避感しか生み出しませんからね。ですが、視点を叔父様のような管理者側に移すと、修道女ほど優れた娼婦はいませんわ」



「そう。勤勉でよく働く女! 命令には絶対に逆らわない従順なる女! それでいて理性を保ち享楽を求めない女! 管理する側にとって、これほど“完成された”娼婦はいないということだ」



 とことん都合のいい女、というわけですね。


 これほど管理しやすく、利益をもたらす女もおりますまい。


 これに“容姿”まで加われば、まさに完璧なる娼婦。


 真逆の存在を掛け合わせて、究極を作り出すとはなんという皮肉か。


 そういう意味では、お婆様の言は的を射ています。


 娼婦のごとき修道女がいるのは困りますが、修道女のごとき娼婦となると、経営者側からすれば是非とも欲しいと思うものです。


 ただし、おそらくは“自分以外の”という言葉が頭に付くでありましょうが。


 自身が完成されたと宣った修道女、お婆様の生き方を照らし合わせても、これほど真逆なのもありますまい。


 欲望と奸智の権化、それでいて家族想い。私の手本でありますから。



「まあ、お前らには無理だがな」



 ここでズバッと支配人からの一言。


 私とジュリエッタは、勤勉ではない、命令に従わない、あげくに享楽を求めるふしだらな女だと、上司がはっきりと言ってしまったのです。


 ですが、私もジュリエッタも気にはしません。なぜなら、完成された存在になど、なりたくはなかったからです。



(そう、真っ平御免というやつですわね)



 カトリーナお婆様がそうであったように、自分が修道女のごとき振る舞いをするつもりなど、一切ないのです。


 例えどれほど完成された存在であろうともね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ