10-6 乾杯《サルーテ》
「しかし、ヴィットーリオ叔父様、とんだ悪党でございますね。このような上物の酒、なかなかに手に入らないというのに、さっさと開けてしまわれて」
「そもそも、これはお前宛てのだぞ。会合でアロフォートに会って、『魔女殿によろしく』とか言ってな」
「で、私の断りもなく、開けたと。ますます悪党ですわね」
「ああ。何しろここは『天国の扉』だからな。天国へ導くに相応しい美酒かどうか、我が知性と品位によって確認せねばならん」
「その知性や品位を破壊するのが、酒という人が造りし最強の劇物なのですよ」
などと他愛無い事で談笑する、私とヴィットーリオ叔父様。
普段は物静かな老紳士である叔父ですが、気安い身内だけの席ではご覧の通り。
ただの快活な老人へと早変わりです。
それはさておき、アロフォート様には感謝ですわね。
上物の酒をポンと出すあたり、さすがは私の上得意であり、ボロンゴ商会の主人!
今度、お店に来られた時には念入りの御奉仕が必要ですわね。
と、そこへ酒の肴を求めて厨房に行っていたジュリエッタが戻って参りました。
手に持つ皿は生ハムやチーズが無造作に盛られておりますね。
「お~、上等上等! さて、早速いただくとするか」
「あ、支払いは支配人にツケといてって、厨房には言ってありますんで」
「おいおい、そこはお前が払っておいて欲しかったぞ。こちらは酒を用意したというのに」
「そのお酒は、アロフォート様からでは? しかも私宛ての」
「つまり、支配人は何も用意してない。飲む資格が欲しいなら、せめて肴くらいは用意しといてくださいね」
「などと言いつつ、ジュリエッタ、お前も何も用意してないのでは?」
「書類仕事しました。以上、終わり」
普段人前では猫を被ってはいても、やはり我が一族なのには変わりませんね。
ジュリエッタも今少し場数を踏めば、この店の看板にはなれるでしょうね。
「やれやれ。ああ言えばこう言う。カトリーナ様に似てきたな、ヌイヴェルもそうだが、ジュリエッタも」
「お婆様はどれだけ酒が入ろうとも、決して理性も品位も落としませんでしたわ」
「ああ、そうだな。あの人はとんでもない酒豪でもあったからな。どれだけ飲ませても、一向に理性の仮面を剥がす事はできなんだ」
「そうですわね。私も、酔ったお婆様は一度も見た事がないですね」
「先代大公陛下を酔い潰して、からかっていた事もあったぞ」
「ああ、その辺りは、本当に血筋ですわね」
かく言う私も、フェルディナンド陛下を毎回毎回、将棋でコテンパンにして楽しんでいますからね。
まあ、あれは陛下から仕掛けてきているのですから、
しかめっ面の陛下の顔を思い浮かべつつ、私は用意されました三つのグラスに理性を剥ぎ取る劇物を注ぎ込みました。
赤い液体が注がれ、グラスを手に取り、それを顔に近付けますと芳醇な香りが鼻をくすぐってきます。
「素晴らしい出来栄え!」
「よし、飲むぞ、飲むぞ、さっさと飲むぞ!」
「んじゃま、今日という日を無事に過ごせましたることに感謝を込めて、乾杯!」
「「乾杯!」」
三人揃ってグイっと一飲みに注がれた赤い液体を体内に流し込み、欲望と悦楽が溜息となって、口から漏れ出しました。
「んんん、旨い! この深いコク、程よい渋み、最高ね!」
「うむ、これこそ葡萄酒の王様であるな!」
「滅多に味わえぬこのお酒、アロフォート様に感謝ですわね」
一口の酒で早速理性という名の仮面が剥ぎ取られ、三人揃って上機嫌に笑い始めました。
さらに、厨房より持ってきましたチーズと豚首の生ハムが、また酒に合う!
もうこれはすっかり宴会です、酒宴です。
美味い酒とそれにあう肴、これだけで十分!
さながら宴が始まったかのように盛り上がって参りました。
ヴィットーリオ叔父様のいうところの知性と品位の城館は、早くも城門を打ち破られ、陥落寸前といった具合でありましょうか。
ああ、嘆かわしいかな。
と思いつつ、もう一杯。
「ああ、仕事終わりの一杯は格別ですわね」
「いや~、ほんとほんと! 酒も上物だし、いくらでも飲めるわ!」
「バローロを毎日飲んでいたら、それこそ金子がいくらあっても足りんがな!」
すっかり上機嫌な私達。
やはり、気安い者同士の飲み会程、楽しいものはありませんわね♪




