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9-52 さらば、愛しき竜の住処 (後編)

屋敷を出て、庭に足を踏み入れますと、そこにはずらりと並ぶ屋敷の住人。


 しかも、一人として“人間”はいません。


 あらためてこの森の中の古き屋敷が、人ならざる者の住処であると強く思い知らされました。


 愛らしさと、威厳と、竜の魂を受け継いだ吸血鬼のお姫様を主人とし、太陽かみさまに背いた者達の理想郷《エル=ドラード》。


 それがここなのですから。


 そんな者達が並ぶ中、私は屋敷の主人であるダキア様と共に進み、いささかこそばゆい思いです。



(まあ、なにしろこの屋敷に入れた理由は、食材兼暇つぶし要員としてですからね)



 実際、門番の小鬼ゴブリン兄弟には、危うく捕食されかけました。


 なお、その二人ものうのうと列に並んでおりますわね。


 ならばとちょっと復讐をば。



「あ、小鬼ゴブリンのお二人さん、お見送りどうも」



「オウ、マタ来イヨナ!」



「今後ハチャント歓迎スルゼ!」



「もう捕食は勘弁ですわよ」



「ア、バカ! 余計ナコトヲ!」



 忘れているわけないじゃないですか、捕食の件は。


 慌てる二人ですが、もう遅いですわよ。


 主人の耳に、しっかりと入り込みましたから。



「ああ、そうだったわね、この二人。私の大切な客人を、あろうことか食べようとしたのよね」



「アア! 御主人ガ思イ出シテシマッタ!」



「オノレ、魔女メ!」



「うるさいわよ、あなた達! 罰として、朝食は抜きよ!」



「「ウワァァァ!」」



 絶叫する二人。


 それを笑う一同。


 愉快な笑い声と、ささやかな絶叫が響く中、私もまた思わず笑ってしまいました。


 ここは本当に居心地が良い。


 思わず長居したくなるほどには。



「まったく、騒々しいぞ、二人とも。客人の見送りの最中だというのに」



「ガンケン、新顔のくせに、なに仕切ってんのよ!?」



「姫様、新顔ではありますが、同時に最古参でもありますぞ」



「百年音沙汰なかったのに、威張ってんじゃないわよ!」



「これでもちゃんと探したのですぞ、妹と一緒に。こんな僻地の、しかも幽世に属する空間に潜んでいたなど、探す身にもなっていただきたいですね」



「なんでそっちに合わせて、こっちが気を使わねばならないのよ!?」



「その方がこちらが楽できるからです」



「イローナ! 今すぐこのバカに葡萄酢アチェート・バルサミコでもぶっかけといて! 錆び付いて動けなくするから!」



 ここで再び爆笑の渦。


 ああ、本当にここは楽しい。


 でも、やるべき事がある以上、居残る事はできない。


 名残惜しくはありますが、仕方のない事でもありますわね。



「ダキア様、わざわざのお見送り、ありがとうございました」



「いいって事よ。あなたは私の友人であり、志を同じくする盟友でもあるから」



「そんなたいそうな物でもありませんけどね」



「だって、ヌイヴェルの言葉に従うなら、私か神への叛徒でしょ? そして、ヌイヴェル、あなたもまた抗おうとしている」



「単にひねくれていて、横道に逸れてしまうのですわ」



「それでも、自分の置かれた状況に臆することなく、立ち向かおうとしている。私はあなたに勇気と真実を与えられた。だから、今度はあなたにお返しする番よ」



「百万の援兵を得たに等しいお言葉、感謝に絶えません。いずれまた卓を囲み、談笑できればよいですわね」



「きっとそうなるわよ。いえ、きっとそうする。だからお互い、次に会える日まで壮健でありましょう!」



 手を差し出され、私はダキア様と握手を交わす。


 白と白の大きめの手と小さな手が重なり合い、再会を約束しました。


 今更、心を読むまでもなく、ダキア様の心は歓喜と決意で満ちています。


 それは私も同じ。


 今日という日の思わぬ出会いを、永遠たらしめんと頭に刻み付ける。


 目の前にいる竜の血を引く吸血鬼の少女、首無騎士デュラハン魔女ステレーガの兄妹、森人エルフのイローナを始めとする屋敷の住人。


 その全てを、私は決して忘れない。


 そして、いつかこの地に戻り、また楽しくお喋りでもしたいものです。


 しかし、今は未練を断ち切らねばならない。



(前へ、ひたすら前へ!)



 門を抜け、森に入っても、なお見送る方々の歓声は耳に届く。


 しかし、それは振り返ってはならない毒気を帯びた呼び水だ。


 未練という鎖が雁字搦めとなり、私の現世帰りを邪魔をする。


 幽世かくりよに根を張り、抜け出せなくなってしまう。


 それは同時に歓喜でもある。


 あの楽しげな輪の中に、私も加わる事が出来るのだから。


 時間が止まったかのようなあの屋敷で、愉快な仲間達と過ごすのも悪くはない。


 しかし、森を抜けた先には、掛け替えのない“家族”が待っている。


 そう言い聞かせ、未練を拭い、着実に一歩一歩と足を進める。


 薄暗く湿り気のある寒さがぬるりと服の隙間から入り込んでくるが、なぜだか妙に温かみを感じる。


 あるいは狩衣に魔術でも仕込んだかと思うほどに、温もりを感じている。


 思わず振り返りそうになるが、すぐに振り切った。


 あそこへ赴くのはもっと先。


 全てを片付けてからだと言い聞かせながら、なおも足を前に出す。


 そして、森を抜けた。


 あれほど迷ったのに、興もあっさり出てしまえるとは意外でした。



(これは縁。お婆様の残した謎と、それを解くための仕込まれた人脈)



 謎を解くための手掛かりは揃いつつある。


 しかし、まだ足りていません。


 ならば揃えましょう、謎解きに必要な手掛かりを求めて。


 私は丁度朝日が昇り始めた森の外縁を抜け、現世へと立ち返る。


 日の光が眩しく、そして、生きている事を実感しました。


 まるで、森での出来事が夢であったかのように、穏やかな風景が広がる。


 帰ってきた、そう私は安堵しました。

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