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9-48 大魔女の仕掛け (8)

 最優先は魔女レオーネの身柄確保。


 情報を引きだす上でも、これ以上の暗躍を阻止するためにも。



(と言っても、姿をくらませた以上、また何かしらの動きがあるまでは、尻尾を掴ませてはくれませんでしょうし、掴んだら掴んだで、尻尾の先に毒針でも仕込んでくるでしょうね)



 なにしろ、相手は“魔女”ですからね。


 私もそうですし、とにかく性格が歪んだくせもの(・・・・)


 “フチーレ”のような新兵器を持ち出してくる可能性もありますし、油断のできる相手ではありません。



「……結局は、お婆様の思惑通り、今のところは進んでいるということですか」



「まあ、そうなるわよね。おそらく、カトリーナはこれを予想し、色々と仕込んでいた。いずれ事態が動き出そうとすると、そのうねり(・・・)の中心になるのがヌイヴェルだと見越してね」



「ユラハもそう思いますか?」



「そりゃね。特に、私の場合は呪いをかけられたこともあるから」



 肩を竦めるユラハ。


 その昔、カトリーナお婆様と対決して、敗れた過去があります。


 互いに魅力的な賭け金を出し、それを貰い受けるための勝負で結果はお婆様の勝利。


 カテリーナは色々とふんだくられた挙げ句、“人前に出るのも恥ずかしい姿”に変えられてしまったのです。


 しかも、お婆様の魔術【絶対遵守フィサティオーネ】を用いてまで。


 この魔術は契約書に書かれた内容を絶対に守るようになり、その強制力は文字通りの“絶対”であり、“カミ”すら破る事が出来ない程の効力があります。


 現に、つい最近、ユラハと出会ったときにはその効力があり、アルベルト様の誠意が呪いを解くまで、その効果は残っていました。



「つまり、あれはこっちから“ラキアートの動乱”についての情報を得ると同時に、いずれ来るであろう“神話の再現”に際して、その最重要人物であるヌイヴェルとの接点を設けるって意味もあると考えているわ」



「でしょうね。真の知恵者は、一手で二つも三つも効果を狙ってくるものですから」



「そして、私との縁が間接的に姫様との接点を生み、そこから更に事態は進展していく」



「情報も、人材も、どんどん集約されてきておりますからね」



 事態は間違いなく動いています。


 しかも、私を中心にして。


 ここ最近だけでも、今後に関わる最重要の人物との接点が出来てきています。


 法王にレオーネ、ガンケン様にユラハ、そして、ダキア様。


 本来であれば関わり合う事がない人々が、次々と顔を会わせ、事態は“神話の再現”へと進みつつある。


 それがお婆様の意図したものなのか、それとも偶発的に私が引き起こしてしまったのか、まだ判断はできません。


 ただ一点、どう転んでも、私が中心になっているという事は確定ですが。



「そう言えば、レオーネは自分の故郷がヴィンテージ村だと言っていましたが、探しに行っていると思いますか?」



「いるとは思えんな。行くだけ無駄だし、最悪、罠を張られている可能性もある」



葡萄酒ヴィノの名産地でもありますし、一度は行ってみたいものです」



「とはいえ、ヴィンテージ村というのも、偶然とは思えんな」



「と、仰いますと?」



「ヴィンテージ村のすぐ近くには“ヌーフ川”が流れている」



「ヌーフ川……、確か、アラアラート山を水源地とした川でしたか」



「そして、“雲上人セレスティアーレ”の葬儀は“水葬”で、ヌーフ川を使って海まで流すのが習わしなのだ」



 謎の多い“雲上人セレスティアーレ”ですが、それについてまた一つ知識を得る事が出来ました。


 庶民は火葬、貴族は土葬ときて、最上位種である“雲上人セレスティアーレ”は水葬ですか。


 というか、ガンケン様って笑いを取るだけの芸人かと思いきや、相当な学識を持つ賢者としての一面もありますわね。


 むしろ、笑いを取るためにこそ、知識は必要なのかもしれませんが。



「ヌーフ川の由来は知っているな?」



「はい。地上が“ガンド”の影響で荒れていた頃、人心もまた荒廃していました。そんな中にあって、神の教えを正しく実践していた信心深き集団、後に“熱き心の百人組(チェンタンジェロ)”がいて、その頭がヌーフと呼ばれていた、と」



「そうだ。“雲上人セレスティアーレ”は荒廃した世界を洪水で押し流してしまおうと画策し、様々な魔術を駆使して巨大な雨雲を生成した。その雨が降り出す直前、ヌーフの一党は正しき行いを続けていたのだから助けようと考え、“雲上人セレスティアーレ”の一人、シメオンはヌーフの元へと向かうべく、山を駆け下りた」



「世界の再構築、洪水による浄化伝説のお話ですわね」 



「そうだ。そして、シメオンはヌーフに事情を話し、洪水に侵されぬアラアラート山に避難するようにと呼びかけた。ヌーフやその縁者達はそれに従い、シメオンに導かれてアラアラート山の中腹まで駆け上がった」



「一心不乱に山を駆けあがったため、人々は後ろを振り返る事無く山を登ったが、その中腹まで来たところで後ろを振り向くと、雨雲が雷と大雨をもたらし、地上の大半を押し流してしまった」



「難を逃れたヌーフ一党は助けてくれたシメオンに礼を述べ、どうかこれからも我らを導いて欲しいと懇願したところ、シメオンもまたこれを快諾。洪水の水が引くのを待ってから、シメオンとヌーフ一党は山を下りていった」



「その百と一名が上り下りした山肌がいつの間にか川となり、雲の上の世界と地上の世界を結ぶ接合点となった。そして、“熱き心の百人組(チェンタンジェロ)”と共に下山したシメオンこそが教会の初代法王である、と」



 教会誕生の話は、経典にも載っている有名なお話。


 幼少の頃より何度も聞かされて、誰もが知っている。


 そのため、法王は天からの使いであり、神に最も近しい高貴なる存在であると、何度も何度も聞かされて脳裏に“刷り込まれ”います。



(だからこそ、その言葉が重い。法王の“言霊プネウマ”の効力が絶大なのも、その話を幼い頃より何度も聞かされてきたため)



 しかし、それを無力化してしまったのが、“反言霊アンティ・プネウマ”であり、ダキア様の父マティアス陛下の持つ力。


 そして、ここにいる私達四名のように、“雲上人セレスティアーレ”に対して敵意や猜疑心も持つ者には、彼らへの敬意がないため効果が薄い。


 だからこそ、かつての境界は智の探究者である“魔女ステレーガ”や、そもそも敵対している“集呪ガンドゥル”を狩り立てる真似をしたのでしょう。


 支配が揺らぐ、その危険性を秘めているのですから。



「で、“雲上人セレスティアーレ”は死ぬと、そのヌーフ川に死体を流すので。小舟を用意し、遺体と副葬品を乗せて川に流し、やがて海へと至る。それが奴らの葬儀なんだそうだ」



「土ではなく、水に体を返して、魂を循環させるという事ですか」



「水は土以上に世界を覆っているからな。まさに生命の象徴だ。それに自分達が溶け込む事によって、地上の人間より上位である事を、無言の内に誇示しているのだろうよ。ほんと、傲慢極まりない」



「興味深くはありますが、それがレオーネと何か関係が?」



「そうした事情があるため、ヌーフ川はアラアラート山同様に“雲上人セレスティアーレ”にとっては聖域であり、墓所でもあるのだ。それを地上の人間に荒らさせるわけにはいかず、川の流域の民にはより強力に“教化”しているのだ」



「掟などによって、川には近づくな、とかでしょうか?」



「まあ、そんなところだ。まして、流されてきた小舟から物を盗るなど、当然ご法度だ。しかし、何事も例外があったり、あるいは興味に勝てない者もいる」



「つまり、智の探究者たる“魔女”というわけですか」



 ようやく話が見えてきました。


 レオーネが故郷としているヴィンテージ村の近くに、そのヌーフ川が流れているのだそうです。


 もし、流れてきた小舟かんおけに、かつてのレオーネが手を出し、何かに気付いてしまったという事は考えられます。


 何をどう知ったのかは分かりませんが、やはり鍵となるのは私とレオーネの身柄という事でしょうか。



(聖光母と魔女王、その再来とされる二人の魔女は、果たしてどんな未来を紡ぐのかしらね)



 その片割れだというのに、どうにも他人事のように思えてしまいます。


 なにしろ、話が大き過ぎて、まだ実感が薄いというのもありますしね。


 いやはや、娼婦にだけ専念していればよかったかつての自分が羨ましく思います。


 『チロール伯爵家の遺産』の騒動もそうですが、私自身が望まずとも、勝手に頭数に入れ、事態が動き出してしまう事もままあるという事です。


 何と忙しない事だろうかと、軽いため息が漏れ出てしまいますわね。

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