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9-46 大魔女の仕掛け (6)

 かつてお会いした“雲上人セレスティアーレ”。


 名前も知らない相手で、ただ『風来坊ヴァガボンド』という二つ名だけを存じていました。


 それが目の前の御三方を震え上がらせるほどの腕前を持つ、最強の祓魔師エゾルジスタというのですから驚きです。


 当然、そんな人物を動かせたカトリーナお婆様の人脈にも、ですが。



「ますますカトリーナの存在が謎になって来たわね。聖山から下山できただけでも以上なのに、“雲上人セレスティアーレ”の上層部にまで影響を及ぼしてるなんてね」



 唸っているのはユラハ。


 同じ魔女として、どうにも格の違いを見せ付けられているようで、どうにも困惑しているみたいですわね。


 なお、どうにも感覚的には同じ魔女と言えども差があるようで、ユラハは『種族・魔女』であり、私やお婆様は『職業・魔女』と言った感じだそうです。


 ユラハの装いがおとぎ話に出てくるような、黒い長衣ローブに尖った三角帽子、箒で空を飛ぶのも、種族としてそうあるべきだと思っているからだそうです。


 私は魔女と言えども、箒で空を飛ぶことができませんからね。


 薬学についてはかなり精通していますけど。



「どうやって下山して、しかも“雲上人セレスティアーレ”を動かせるようになったのか、それを知りたいわね」



 ダキア様もすっかり興味津々になっています。


 ここにいる私を含めた四人組の中で、唯一お婆様と面識のないのですが、それでも惹かれてしまうものがあるようですね。


 まあ、何もかも異例ずくめな人でしたからね。


 私の場合は側で暮らしていた分、それほど感じていませんでしたが、遠くからお婆様の活躍ぶりを聞くだけであれば、余計に興味を惹かれる事でしょうね。



「まったく、カトリーナめ、どうせなら“集呪ガンドゥル”となり、長きにわたり世に留まる道を選べばよかったものを、結局、“人のまま”あの世へ旅立ってしまったからな。死人に口なし、本人に聞けぬのは残念極まる」



 ガンケン様も唸っていますが、私からすればそれは聞き捨てならない言葉。


 “集呪ガンドゥル”になる、人ならざる者になる。


 これは興味に尽きない案件ですわね。



「ガンケン様、前にも仰ってましたが、やはり人が“ガンド”を浴び、定着させると“集呪ガンドゥル”になるという事ですか?」



「そうだ。負の感情を溜め込むほど、“ガンド”が集まってくるようになる。それが一定の濃度に達すると、人は暴走する。我を失う、という言葉が示すように、頭が混乱する事があるだろう? それが“集呪ガンドゥル”への入口だ」



 なるほど、と私は納得してしまいました。


 人間、怒り、悲しみなどの負の感情に圧し潰され、追い詰められたりすると、普段では考えられない奇行に及ぶ場合があります。


 狂気、そう言ってしまえばよいのですが、その狂気の先に“集呪ガンドゥル”という存在が形を成すのだという。


 これは新しい見識であり、しかもその実物が目の前に三体もいる。


 仮説などではなく、確たる事象。


 人は誰しも、悪魔にも天使にもなれる、ということの証。



「だがな、白い手の魔女よ、“集呪ガンドゥル”になるには、桁外れの“絶望”を身に受けねばならんぞ。全てを破壊する、台無しにすると、それをやってやると思ってしまう程の絶望や憤激をな」



「そういう意味では、あなた方は素材としては完璧であったという事ですか」



 当事者側としては理不尽極まる“ラキアートの動乱”の、被害者ですからね。


 ダキア様は生まれる前から世界中の憎悪と恐怖を一身に受け、化物として生を受ける事となった。


 物心ついた時から塔の中で幽閉され、世界はその閉じた空間のみ。


 父母と気の利く従者二人がいなければ、とうの昔に心を亡くした怪物となり、本当の意味での呪われた存在に成り果てていた事でしょう。


 その従者二人にしても、あの理不尽極まる状況をずっと見続け、力及ばず大公一家全員を失う結果になったのでしょう。


 面目を失い、合わせる顔のない騎士は“首無騎士デュラハン”へと変じ、知識と力を求めた侍女は本物の“魔女ステレーガ”へとなった。


 絶望、あるいは憤激、言葉で表すことさえはばかられるほどの仕打ちを受けたからこそ、“ガンド”の特異点となり、“集呪ガンドゥル”と姿を変えた。


 ただ、呪われた存在いなろうとも暴走する事無く自我を保ち、ただの人である私が平然と会話できるのは、それぞれ胸に抱いた“優しさ”と“笑い”と“使命”が作用しているためでしょうが。



「まあ、そう言う意味では、カトリーナお婆様は素材としては不適格でしょう。なにしろ、あの人は“諦める事”とは無縁ですし、“絶望”とは対極に位置する“究極の楽観論者”ですから」



「だな。なんとかなる、どうにかなる、知恵を絞れば道は開ける。そういう性格であったからな、あの大魔女は」



「実際、なんとかできる知恵と行動力を持っていた事が、お婆様の凄いところです」



 比較対象があの人だと、私もまだまだ未熟だと痛感させられます。


 どんなときでも笑顔を忘れない、誰よりも優しく、それでいて悪辣な魔女。


 今なお私の憧れる素敵な魔女ですね。



「そうなるとさ、カトリーナが“雲上人セレスティアーレ”とどんな約束を交わしたのか、あるいは契約したのか、それを知らない事には始まらないんじゃない?」



 ユラハの指摘はまさにその通り。


 ですが、手掛かりは何もない。


 それこそ、事情に詳しそうな現法王おにいさまに聞くのが一番なのでしょうが、情報を開示するとは思えませんものね。


 “母”に関する事も「禁則事項だ」と言って、何も語ってはくれませんでしたから。



「あ、そうだ。ヌイヴェル、重要な事を聞く事を忘れていた」



「何についてでしょうか、ガンケン様?」



「お前さ、“カトリーナの孫”だよな?」



「そうです。母も、父も、分からないですが」



「孫に該当するのは?」



「お婆様の孫ですと、私と、あと従弟のディカブリオになりますね。そちらは母の妹であるオクタヴィア叔母様の血になりますが」



「ん~、“もう一人”いたりはしないか?」



 “孫”という存在に、いたくご執心なガンケン様の質問。


 意図が分からず、私は困惑してしまいました。



「いえ、私はずっと兄弟姉妹はいませんでした。まあ、だからこそ、少し年の離れたディカブリオを実の弟同然に可愛がってきたわけですが」



「そりゃおかしいな。それだと、聞いていた噂と齟齬が生じる」



「噂? 齟齬?」



「ああ。カトリーナがアラアラート山から下山した時、“両の腕に赤ん坊を抱えていた”という話を耳にしたのだ」



「え!? という事は、お婆様が山から連れ出した赤ん坊が、実は二人いたという事ですか!?」



「そうなるな。あの時は“人ならざる者”の中でも大いに話題になり、あれこれ噂話が飛び交ったものだ。まあ、だからこそ、ワシやユラハが積極的に接触を持ったわけなのだからな」



 嘘を言っている雰囲気ではなさそうですし、ユラハもまたガンケン様の言葉に頷いています。


 ダキア様もそうだと言わんばかりに、こちらも首を縦に振る。



(どういう事……? 両の腕に赤ん坊を抱えて下山したとうのであれば、その片方は私だとして、もう一人の赤ん坊は!?)



 もし、今の話が本当なら、私には兄弟姉妹が、それこそ“双子”のそれがいた事になります。


 しかし、そんな話は一切聞いた事がありません。


 どういう事なのかと心が揺れ動いておりますと、ふと思い浮かびましたのはフェルディナンド陛下とアルベルト様のお顔。


 二人は双子。ただし、弟のアルベルト様は“最初からいなかった事”にされて、戸籍の上では妾腹の“異母兄弟”という事になっています。


 そして、その工作をしたのは、他ならぬカトリーナお婆様。



(まさか、それと同じ事を私にも!?)



 双子の兄弟もしくは姉妹がいて、それを消してしまったという話。


 もし、今聞いた話や、これまでの情報の整合性を取る事になりますと、そういう風に結論付ける方が辻褄が合う。


 そうなると、もはや一人の顔しか浮かんできません。



(行方不明の魔女レオーネ、もしかして彼女が!?)



 凄腕の魔女、ジェノヴェーゼ大公国への並ならぬ執着、“雲上人セレスティアーレ”への怒り、そして、“私の生け捕りを要求した”という姿勢。


 これまた辻褄が合う。


 もし、“双子への忌避感”から片方をお婆様が捨てた(・・・)のであれば、レオーネの動きも納得できる。


 それは“復讐”。


 ぬくぬくとお婆様の腕の中で育てられた私への、怒りと、妬みと、それを癒すための対価の要求。


 広がりを見せていた話が、一気に収束していく感覚を覚えました。


 世界は、“私”を中心に動き始めている。


 “雲上人セレスティアーレ”が、“集呪ガンドゥル”が、そして、“魔女ステレーガ”が、私を手にしようとしている。


 聖光母の再来、あるいは本当なのかもしれませんね。

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