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9-45 大魔女の仕掛け (5)

 神話の再来。


 歴史上、たった二人しかいない“女性の雲上人ドンナ・セレスティアーレ”。


 私がそれかもしれないというのだ。



(白い肌、生まれた場所、若作り、イノテア家の繁栄、それらのすべてが私を神話の世界へと押し上げようとしている。でも、“娼婦プッターナ”が“聖光母ヴィルジナリス”なんて笑える冗談だし、本当に“魔女王レ・ステレーガ”を歩ませようとしているのかも)



 聖母なんぞ願い下げ。魔女の始祖の方が似合っている。


 そんな風に考えますと、私が世界に混乱をもたらそうとしているようにも感じてしまいます。


 なにしろ、“ガンド”をその身に宿して、七つの大罪を生み出した存在。


 悪魔の母、闇の女王、数々の異名で呼ばれる魔女リリン、その再来というのであれば、面白くもあり怖くもある。


 なにしろ、あらゆる勢力から付け狙われる事になりますからね。



(もしかして、法王が行っていた“お婆様の隠し財産”って、私に関する研究書の事ではないかしら?)



 下山を許可し、泳がせていたのは、私の研究を続けていて、その成果が出るまで待っていたのかもしれない。


 そして、死に際して書簡を送り、それを回収しに来たのかもしれない。


 それを確たるものにするため、嫁取りを実施しにきたのかもしれない。



(かもしれないだらけ。全てが仮説。情報が少なすぎるのか、それとも私の判断や知性が悪いのか)



 我が身の未熟さを痛感するばかりです。


 高々三十数年ばかり生きた程度で、知恵者だなんだと考えていた事自体、浅はかの極みと言わざるを得ません。


 しかし今、目の前には百年の時をくぐり抜けた姫と、騎士と、魔女がいる。


 これと協力しない手はありません。


 例え、人ならざる怪物であろうとも、利用するものは利用する。


 かつてのお婆様がそうであったように。



「時に御三方、特に気になる事があるのですが、質問よろしいでしょうか?」



 あーだこーだとあれこれ話していた三人も、投げかけられた質問を聞くべく、ピタリと喋るのを止めてしまいました。


 できれば、この場に“いつもの顔ぶれ”を揃えたいのですが、幽世の中にあってはそれも叶いませんわね。


 やれやれと思いつつ、私は話を続けました。



「私は先程、現法王が私の義理の兄だと申しましたが、実はとんでもない提案があったのです」



「ん~、たぶん、嫁取りじゃない?」



「はい、ダキア様の仰る通り、法王の任期が終了次第、山に連れて帰ると」



「だよね~。法王が任期を終えた後は嫁を連れて帰るのが、伝統みたいなもんだし。意外だとすれば、今まで野放しにしていたヌイヴェルを、急に連れて帰るってなったことかな~」



 ダキア様の発言は皆も考えるところで、全員が頷かれました。


 三十年放置していた案件が急に動き出した。


 そうした感覚が拭えませんね。



「他にはなんか情報は?」



「はい、ダキア様、その現法王からの言葉になりますが、祖母が死後、何かしらの書簡を天宮サントアリオに送付し、それから勅使が参上したことでしょうか。祖母が遺した隠し財産がどうとか」



「やっぱり、カトリーナが事前に、何かしらの準備していたってことよね」



「それに、その直後にカシュオ聖下が法王に就任し、私に予約を入れておいたと周囲を牽制していたりと……」



「隠し財産、山が動くほどのどでかい案件って事よね」 



「これまでのまとめから、その隠し財産とやらは、私の身柄と、それに付随した何かだと思いますが」



「神話の再現と、それのための鍵ってところか」



「娼婦だけに、“穴”の方はいつでも準備万端ですわよ」



「笑うべきところだけど、笑えないのよね。世界の根幹にかかわるレベルの話だし」



 場を和ませるつもりで、少々お下品ですが冗談を発してみたものの、かえって逆効果でしたわね。


 ダキア様の渇いた笑いだけが生じました。


 ガンケン様のように、人を笑わせる手管はまだまだ未熟と言う訳ですね。



「そうなると、急に動き出したのは“八年前”ってことよね。たしか、現法王の就任がそれくらいだったから」



「そうですね。任期十年で、この前お会いした時には、『あと二年で連れて帰る』と申していましたので」



「ん~、その八年前ってさ、何か大きな動き、あったっけ?」



「個人的には、やはりカトリーナお婆様が亡くなった事ですが……。むしろ、その更に一年前、つまり、今から九年前の方が大事件ありましたわ」



「ほ~。何があったの?」



「ジェノヴェーゼ大公アーメンオーデン家、そこでの連続変死事件です」



 あの時の騒ぎは、今でも鮮明に覚えていますからね。


 ジェノヴェーゼ大公国の屋台骨に傷が入りかねない事態でしたし。



「“変死”と言うと語弊があるかもしれませんが、とにかく一時期、大公家やその血縁者の大量死が発生したのです」



「あ~、そういえば、そうだっけ。ジェノヴェーゼ大公位も、その頃に今の大公に継承されたっけか」



「はい。先代大公陛下もそうですし、あと第一大公女のアウディオラ様もその頃に夫共々事故でお亡くなりに……。その他大勢、大公家の縁者が次々と、“事故”や“急病”でお亡くなりになっていったのです」



 あの頃は国中が大騒ぎで、大きく揺れていた時期ですからね。


 フェルディナンド陛下が大公位を継承したり、両親を失ったユリウス様を陛下が引き取ったり、とにかく大騒ぎでした。



「ですが、そんな最中、お婆様が病床にありながらふらりとどこかにお出かけになられ、“雲上人セレスティアーレ”を御一人、伴って戻って帰りますと、騒動がピタリと止んだのです」



「“雲上人セレスティアーレ”が来た途端、収まったの!?」



「はい。お婆様か、その“雲上人セレスティアーレ”のいずれかが、何かをやったとは思いますが、それも謎のままです」



「う~ん、それだと、“雲上人セレスティアーレ”同士の内輪揉めで、それの仲裁が行われたか、もしくは荒ぶる“集呪ガンドゥル”がうごめいていて、それを退ける事に成功したか、そのどっちかだと思うわ」



 そう言うと、ダキア様は従者二人に視線を向けますと、それに同意するように頷かれて応じました。


 “雲上人セレスティアーレ”が現れた途端、騒動が収まったという事は、いずれかの可能性が高いということですものね。



「だとすると、国家を揺るがすほどの大事件を、魔女と“雲上人セレスティアーレ”の祓魔師エゾルジスタが片付けたって事になるけど……。ねえ、ヌイヴェル、そのやって来た“雲上人セレスティアーレ”ってさ、どんな奴だったか覚えていないかしら?」



「なんと言いますか、巡礼者風のボロをまとった風変わりな方でしたわね。名前はお伺いしてませんですが、『風来坊ヴァガボンド』という二つ名だけは」



「「「『風来坊ヴァガボンド!?』」」」



 名前を聞くなり、三人同時に大絶叫。


 屋敷の外にまで聞こえてきそうな大声に、さすがの私も目を見開いて驚いてしまいました。


 それほどの驚きが、御三方を包み込んでしまったのですから。



「あ、あの、『風来坊ヴァガボンド』という名にお心当たりが?」



「バカ言ってんじゃないわよ! 『風来坊ヴァガボンド』って言ったら、ここ十五年くらい前から現れた祓魔師エゾルジスタで、史上最強って噂される奴の事よ!」



「すでに何体もの伝説級の怪物を仕留めた、“雲上人セレスティアーレ”側の切り札って言われている奴だ!」



「つ~か、そんな奴まで動かせるなんて、カトリーナ、何なのよ!?」



 三人揃ってこの反応ですからね。


 どうやら思っていた以上に、私は雲の上の人々、それも大物に関わっていたようです。


 現法王にしろ、最強の祓魔師エゾルジスタにしろ、お婆様、あなたは本当に何をやらかしたのですか!?

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