9-44 大魔女の仕掛け (4)
「産めよ増やせよ、一人の男と二人の花嫁は、子作りに精を出し、地上をその子供らで埋め尽くそうとした。しかし、その試みは失敗。なぜなら、花嫁の一人リリンが掃き清め損なった“呪”に犯され、“魔女の始祖”となってしまったから」
「そう。リリンは呪われた事を隠し、アーダームと交わった。結果、アーダームも呪いを受ける事になったけど、ハヴァの献身によって命が損なう事はなかった。正気を取り戻したアーダームはリリンを追放し、ハヴァだけを妻とした」
「一夫一妻の出来上がったお話ね。今でも教会法によって重婚が禁じられている大元がそれ」
「一方、追放されたリリンも復讐を諦めていなかったし、アーダームに打ち込んだ呪いもまた強烈で、思わぬ副作用を生んだ。そう、アーダームとハヴァは子作りに励むも、その全てが“男児”となってしまった」
「一方、リリンはアーダームから貰い受けた“胤”を用い、また子供を産み出した。しかも、七人の娘を」
「それこそが七つの大罪。暴食、色欲、強欲、憤怒、怠惰、嫉妬、傲慢、魔女王の生み出した七人の娘がそれ」
「そして、その七人の娘をアーダームの息子達に差し向けた。息子達は悩んだものの、次代を築くのには女性(悪徳)を受け入れなくてはならない。かくして、男と女の争いが、さらに言うと、善と悪との絶え間ない闘争が開始された」
「七人の息子と七人の娘、その間に生まれた子供は様々。原初の人アーダームと聖光母ハヴァの因子を色濃く受け継ぎし者もいれば、罪に捉われ、“呪”を身に受けるものまで多種多様」
「そして、今の世界が出来上がる。最初の夫婦の因子を最も受け注ぎ、神の恩寵篤き者となったのが今の“雲上人”。最初の夫婦の因子は薄いものの、神を讃える熱心な信徒、すなわち“熱き心の百人組”が今日の貴族の大元。罪を生まれながらに背負う下賤な存在として、その他大勢の下々の者が配される。それが今の世界……!」
経典によって綴られた世界のあらまし、人と言うものの成り立ちがこれ。
私とユラハによる神学の講義ですが、今更説明するまでもなく、ダキア様もガンケン様もご存じです。
神を讃えるのは良しとしても、その威を借りる“雲上人”がのさばっているのがお気に召さない様子。
表情がムスッと険しくなっておりからね。
ガンケン様には顔、ないですけど。
「まったくいつ聞いても、低俗な話よね。どう考えても、“雲上人”の正統性と、地上の人間の罪深さを強調するために作られた物語よ」
と、ご立腹なダキア様。
「歴史上の事実であったとしても、都合よく解釈されているでしょうね」
と、これまた苛立ちを隠さないユラハ。
「罪の証である、女を抱いていない我は、清く正しい存在という事だな!」
などと見当違いな事を宣い、お姫様に張り倒されるガンケン様。
「“ちゅ~”で赤っ恥をかきそうになった御仁の言葉とは思えませんね」
最後に私のガンケン様へのツッコミを入れます。
(しかしまあ、処女性を純潔をみなすのはありがちとは言え、女そのものを悪徳とみなすのは、どうにも腹立たしい。どのみち、女を受け入れない事には次がないのは分かり切っているのに、男を、神を汚したのは女だと言わんばかりの神話は、受け入れがたいものですわね)
妻が呪いを受け、その呪いが夫にも伝播し、生まれていた子供は堕落の象徴。
そして、その堕落を調伏してこそ、次代を築けるという話。
独りよがりも甚だしいですわね。
「つまり、よ。今語った神話がかつて起こった事だとした場合、その再現が起こりうる状況でもあるという事よ。なにしろ、もしヌイヴェルが本当に“|女性の雲上人《ドンナ・セレスティアーレ”だとした場合、神話の再来という話になるから」
ユラハの指摘は正しい。
“集呪”が神話や御伽話の住人であり、それに引っ張られるのだとすれば、それに準ずる存在でもある“雲上人”であるならば、同じくそうした縁起に引っ張られるかもしれないというのだ。
なにしろ、人類の歴史上、たったの二人しかいない“女性の雲上人”なのだ。
それが現れたとなると、誰しもが注目を向けるのは当然でしょう。
自然、三人の視線が私に集中します。
「まあ、その説が正しかったとすると、余計に分からないのが、私が地上にいるということです」
「そうよね。それこそ、“楽園追放”の憂き目にあったっていうのなら、それは聖光母ハヴァよりも、魔女王リリンの歩んだ道筋をなぞっている。もし、神話の再現を狙っているのだとすれば、聖光母よりも魔女王の歴史を歩ませている理由は? そう考えてしまうものね」
ユラハに指摘されるまでもなく、それが最大の疑問。
カトリーナお婆様がどうやって山から私を下ろしたのか?
しかも、そうであるにもかかわらず、お目こぼしされてきたのか?
謎が謎を呼ぶ一方です。
(お婆様、あなたは一体、何を見て、何を目指し、そして、何を仕掛けたというのですか?)
死してなお世界を振り回す大魔女。
その懐はあまりにも深く、そして、広い。
残した宿題を片付けるのは、本当に容易ではないようですわ。




