9-41 大魔女の仕掛け (1)
当たり前ですが、まずは説教から入りました。
なにしろ、ガンケン様にユラハ、二人揃って兄妹仲良くダキア様の部屋の壁をぶち抜いたのですからね。
風通しはよろしいですが、はっきり申せば“間抜け”にございます。
「まったく、久々に顔を見せたかと思ったら、あなた達二人は!」
「いや~、姫、面目ない!」
「反省している態度に見えないわよ! もっと頭低くして謝んなさい!」
「そもそも、首無騎士なので、頭ないです!」
「今すぐつけて来なさい! 大急ぎで!」
ダキア様の蹴りが再びガンケン様の膝に命中し、盛大にすっ転びました。
ガシャンという金属が石畳に叩き付けられる音が鳴り響き、騒々しさの交響曲、いえ、奇想曲がバカ騎士の甲冑を使って演奏されていますね。
笑いをこらえるのに、こちらも必死です。
「姫様、不躾な兄がまた迷惑かけてしまったみたいで、申し訳ございません」
「ユラハ、あなたも同類よ! 塞いだ穴を、またこじ開けるような真似をして!」
「ん~、でも、風通しは良くなったって事で!」
「兄以上に反省して無いようね、この腐れ魔女は!」
「“自由”こそ、我が信条にて」
「自由過ぎるのよ! あなたも、そこで転がっているあなたの愚兄も!」
「お褒めいただき、感謝に堪えません」
「今の言葉のどこに褒める要素あったのよ!?」
ここまで会話がかみ合わないのも珍しい。
わざとなのか、天然なのか、判断しかねるところです。
まあ、結婚したてのアルベルト様を“自由”の名の下に、さっさと離婚してしまった人ですからね。
何物にも縛られないのでしょう。
「あ~、ダキア様、謝らなければならないのはこちらの方です」
「別にヌイヴェルが謝る必要もないわよ。指輪を触媒にして、こちらにこのバカ騎士を召喚したんでしょうけど、バカみたいに突っ込んできたこいつが悪いんだから」
「窓でも開けておけば、回避できたことですし」
「まあ、いいわよ。あとでたっぷり働いて修復させるから」
人が余裕で通れる大穴を、窓枠ごと吹っ飛ばしたからね。
結構手間かと思いますが、そこは人外のお二人。
先程の箪笥作りのように、てきぱきこなされる事でしょう。
「さて、それじゃあ、愉快なお姫様との再会もここらへんにして」
「待って! “愉快”の言葉を、姫、再会、どっちにかけたの!?」
「ご想像にお任せします♪」
「このバカ魔女め……。地頭はいいのに、ノリと勢いで動き過ぎよ!」
「お褒めに与り、光栄です」
「褒めてないわよ! ったくもう、この兄妹は毎度毎度……」
呆れ果てるダキア様ですが、私は確信しました。
幽閉生活の中にあって、完全に“呪”に捉われ、闇落ちしなかった理由が。
(こんな愉快な兄妹が側仕えなら、笑う事もできたはず。“呪”の源は負の感情であり、それが形作られたのが“集呪”とも言われていますからね。そうなると、“一笑”こそ、呪いを弾く特効薬なのかもしれませんね)
計算ずくか、あるいは天然か。
それは判断に悩むところですが、少なくとも“集呪”に身を落としながら、それでもなお正気を保っていられるのは、“楽”を心の中に植え付けられていたからなのでしょう。
(父からは王侯としての気高き貴人の心得を、母親からは他者を慈しむ慈愛の精神を、二人の従者からは楽しむというゆとりを、それぞれ教わっていた)
ダキア様、あなたは間違いなく周囲から“愛されて”おりますよ。
本当に復讐に身を焼いているのであれば、笑うという余裕の態度なんて見せる事はできませんからね。
「んで、ユラハ、本題ってのは何? 主君の従者の百年ぶりの再会以上の案件?」
「おそらくは、世界の根幹に関わるレベルの話になるかと」
そして、ユラハが見つめてきましたのはこの私。
自然、他の二人も私の方を向いて来ました。
「百年探して見つからなかった姫様が、こうもすんなり再会できた。カトリーナの孫、ヌイヴェルと接点を持った途端にね」
「ん!? ちょっと、ヌイヴェル、あなた、カトリーナの孫だったの!?」
「え、あ、はい、左様でございます」
「それならそうと、先に言いなさいよ。わざわざ“試す”までもなく、盛大に歓待したわよ!」
「私の名前を看破しておきながら、気付いてなったのですか!?」
「あぁ~、家名の『イノテア』、どこかで聞いた事があると思ったら、カトリーナのそれだったわね」
若干、抜けているお姫様もまた可愛い。
しかし、ここでもまたお婆様の“人脈”が生きていましたか。
あの人は一体、どこまで広がっていたのか、訳が分かりませんね。
「ダキア様、お婆様と面識が?」
「直接にはないわよ。ただね、一時、“人ならざる者”の中でも噂として広がっていたからね、大魔女の話は」
「そうなのですか?」
「何しろ、あたしの知る限り、“雲上人”を除けば、“生きた状態”でアラアラート山を下山してきた唯一無二の存在だし」
そういう指摘を受ければ、確かにその通りです。
本来、“雲上人”が住まう世界の中心・聖なる山アラアラート山は聖域とされ、何人も立ち入る事が出来ないとされております。
地上の人間が立ち入るとすれば、それは“天の嫁取り”で赴くときくらいなものです。
しかし、お婆様は例外中の例外。
母の嫁入りに際して“なぜか”同じく入山し、そして、帰って来たのですから。
(身近に居すぎて、却って気付けなかった。確かに、聖山に赴き、帰って来るなんて、“天の嫁取り”の事を知っている人からすれば、奇妙に思うでしょうね)
そうなると、お婆様は貴重な“情報源”となります。
“雲上人”を除けば、雲の上の世界を見聞したたった一人の存在なのですから。
「ああ、ユラハが以前、お婆様に接触を図ったのはそういう事情でしたか」
「ええ。色々と聞いてみたい事もあったから。んで、例の賭け事で勝負したんだけど、見事に完敗して、逆に呪いをかけられてしまったのよ」
「ディカブリオが賭け金でしたものね」
「深く関わっておくのが得策と考えていたから、カトリーナの提案はむしろ良いと考えたのよ。いずれ家門の跡取りとなる男児を人質にすれば、その後は思いのままだとも考えたから」
ユラハの意見にも納得です。
もし、ディカブリオの後見役にでも収まれば、我が家を乗っ取ることさえ可能ですからね。
お婆様が手塩にかけて作り上げたファルス男爵イノテア家が、他人のいいようにされてしまう。
それが分かっていたからこその、ディカブリオを賭け金にするという暴挙。
大きな賭け金であれば、それに見合うだけのものを用意しなくてはならない。
そして、ユラハは“ラキアートの動乱”の生き証人とも呼べる存在であり、魔女としての腕前、知識もかなりのもの。
互いに“相手の情報を引っ張り出す”という点で、勝負に打って出る理由になる。
(ただまあ、百年以上生きた魔女よりも、知恵が回ったという話なのでしょうね)
それだけにその重要性がますます上がっていきます。
現法王も、目の前にいる“集呪”も、お婆様の持っていた“何か”を狙っているのですから。
絶対遵守、お婆様との約束は神ですら抗えない。
やはりあの人は本当に企画外の存在ですわね。




