9-37 姫と騎士 (2)
「ふははははは! 久しぶりだな、白い手の魔女よ!」
高らかな笑い声とともに現れましたのは、首無騎士のガンケン様。
“呪”の特異点である“集呪”とは思えないほどのノリのよさ、相も変わらず闊達でございますわね。
とても伝説に語られる怪物とは思えない、その性格には思わず苦笑いです。
「あの、ガンケン様、今少し大人しい登場の仕方はないのですか?」
「窓も閉じて施錠までしてあったし、仕方があるまい。以前、お前の屋敷に飛んでいったときは、窓は閉じていたが、鍵はかかっていなかったからな」
「ああ、そうでございましたね」
「それに、煙突もなかったしな。シンタクラウスとはいくまいて」
「次にお越しになる前に、くつしたも用意しておきますわ」
「では、こちらも衣装を緑から赤に変えておかねばな」
返しも完璧。
ほんと怪物とは思えないほどの軽快な受け答え。
騎士などよりも、芸人でもやっていた方がお似合いかもしれません。
「さてと……。そんな事よりも、“雲上人”と戦うに際して呼び出せとは言っておいたが、まさか相手がこんな童相手とは」
顔がないので、どう視認しているのかは分かりかねますが、おそらくは見えない視線とやらはダキア様を見ていることでしょうね。
なお、ダキア様はというと、ぶち破られた窓ガラスを呆然と眺めております。
どうすんのよこれ、とでも言わんばかりに。
「……ガンケン様、何か感じませんか?」
「何かって? ……あ、そもそもこいつ女童ではないか! いくら肌が白いからといて、女子はない! “雲上人”は全員“男”だ!」
「それもありますけど、もっと心の底からですね……」
「すまんが、体も心も空っぽだ、ワシは」
「では、回りくどい事を抜きにして、率直に述べます」
あいにく、怪物と掛け合い噺に興じるつもりはございません。
さっさと本題に入らなくては、色々と乱される一方ですわね。
「ガンケン様、仕えるべき主君に再会して、その反応はいくら何でも軽薄に過ぎますわよ?」
「何……!?」
「お探しのお姫様のご尊顔、お忘れですか?」
幾度となく聞いて来た“ガンケン”という名前。
“ラキアートの動乱”の後、塔へと幽閉されたマティアス陛下のただ一人の騎士、従卒、その名は“ガンケン”。
妹のユラハと共に、幽閉先の塔にて、マティアス陛下とその妻、そして、娘のダキア様の従者を勤めていた。
時間にして百年は昔の話であり、並の人間では生きていられるはずもない時の流れがそこにある。
しかし、この二人は別。
“呪”を受け、その身に宿し、人ならざる者へと変化してしまった“集呪”なのですから。
(片や吸血鬼となったお姫様、肩や首無騎士となった従卒の騎士。ようやくの再会がかないましたわね)
私がここに迷い込んだという偶然の産物。
また、アルベルト様が森の中でガンケン様とであり、私との接点が生じた、こちらもまた偶然の産物。
幾重にも偶然が重なり、ようやく百年の歳月の隔たりを解消するに至る。
行方不明のお姫様の下へ、ようやく騎士が到着したと言ったところでしょうか。
その目の前の現実が嘘か真かと考えているのか、ガンケン様は固まってしまいました。
そして、その答えを得たのか、喜びに鎧を震わせながら、大慌てで跪いた。
騎士が、王に、首を垂れる。
垂れる首はなくとも、そこにはちゃんと首があるように私には見える。
「ひ、姫! 姫様! 大公女! ダキア様!」
「……あなた、本当にガンケンなの?」
「左様にございます! 探し続けて幾年月、とうとう巡り合えるとは!」
ガンケンは跪き、王に対する騎士の拝礼。
仕えるべき主人とようやくの再会でありますから、その喜びようは当然でしょう。
まあ、“首”がないので、その表情は推し量るより他にありませんが。
「姫様が王妃様と共に塔より身を投げられ、その御遺体を確認できなかったため、おそらくは“集呪”として覚醒したと確信し、この百年、ずっと探しておりましたが、ようやくその願いを叶える事が出来ました! よくご無事で!」
「いや、無事じゃないわよ。人間、やめちゃったんだし」
「ああ、そうでございますね! ですが、ご無事で何より!」
言葉がかみ合っていないのは、素なのか、単なるバカなのか、判断に苦しみます。
まあ、以前お会いした時からこういう感じなので、おそらくは素なのでしょうが、そこは再会の嬉しさで混乱しているということにしておきましょう。
「それよりガンケン、早速一仕事お願いしたいのだけれど?」
「ハッ! 不肖ガンケン、姫様の為ならば、いかなる御用向きでも!」
「んじゃ、あれ、直しといて」
ダキア様の指さす先には、盛大にぶち壊した窓がございます。
鎧甲冑姿のまま、窓、壁に突っ込んで大穴をあけてしまったため、ひんやりとした夜の森の涼風が吹き込んでまいりますわね。
いささか、寝間着姿では寒気を感じる程です。
「おお、これはうっかり! すぐに対処いたします!」
そう言うと、立ち上がりましたガンケン様は瓦礫に向かって指を向けます。
そして、その指先からどす黒い魔力の塊を放つと、散らばっていた瓦礫が全部吹き飛び、きれいさっぱり無くなってしまいました。
(あれこそ、正真正銘の“呪”! まともに喰らえば、一瞬で絶命させるほどの威力がある首無騎士の技!)
なにしろ、“人を指さす”という行為が大変失礼に当たるというのも、この首無騎士の指先が元ネタでありますからね。
指さす行為は、相手を呪い殺すのと同義。
失礼どころか、敵意そのものと言えるでしょう。
そして、そこからがまた凄い。
瓦礫を奇麗にしたかと思うと、そのまま空いた穴から飛び出し、森に向かって猛然と駆け出しました。
さらに塀を飛び越え、手近な杉の巨木をへし折り、腰に帯びた剣でスパスパッと切りそろえたかと思うと、いつの間にか“箪笥”を組み上げてしまいました。
熟練の木工職人すら凌駕する早業にして、精巧な逸品。
その作り上げたばかりの箪笥を部屋に持ち込みますと、そのまま穴の開いた壁に向かって立てかけました。
新鮮な杉の香りが部屋に満たされ、何をやっているのかと私もダキア様も呆然としているうちに、仕上がってしまいました。
「これでヨシ!」
なんともやり遂げた感のあるガンケン様の言葉。
実際、“穴”は塞がってしまいましたしね。
部屋の中から見れば、空いた穴は箪笥に隠れて見えません。
“見た目”は完璧と言えましょう。
(まあ、部屋の外から見れば、穴が開いているのは一目瞭然でしょうが)
単に、箪笥で穴を隠してしまっただけで、壁を直したわけではありません。
見た目を取り繕っただけで、とても“直した”とは言えない。
「何やってんのよ、あんたは!」
当然、ダキア様からのツッコミが入ります。
満ち足りた感を出しまくって、完成したばかりの箪笥を眺めていますガンケン様の膝に蹴りを一発。
膝がカクンと折れ曲がり、そのまま床に背中からドガシャーンと盛大に鎧をぶちまけながら倒れる始末。
これはもう笑わずにはいられません。
伝説の怪物二人が織り成す“ボケとツッコミ”。
貴重極まる喜劇ですわね。




